回避可能の失態私を含め、その場に居るもの全てが声の主に視線を向ける。「お前がそんなこと言うなんざ珍しいじゃねぇか、総司」訝しげに眉間に皺を寄せた土方が問いかける。そう、私の声を遮った人物は沖田だった。何で彼が私の味方をするのだろう?私を排除したいんじゃないの?脳内が疑問で溢れかえっていく。悶々と。「別に、僕は思ったことを言ったまでですよ」しれっと、けれど真剣な眼差しで答える沖田。彼の台詞に皆が黙り込んだ。正直、驚いた。沖田が私を庇うような発言をするなんて。よくは知らないけれど、彼はこんな風に人を助けるタイプの人間には見えない。寧ろ真っ先に殺そうとしてくるタイプでしょう、あれは。疑問をぶつけるように彼を見れば、視線が重なる。彼の澄んだ翡翠の瞳に、私が映る。目が合うなり細められた瞳。その目からは、彼が何を考えているのかは計れなかった。見つめ合って数秒、彼は前触れもなく視線を逸らす。一瞬。顔を背ける直前のほんの一瞬、彼の目に動揺の色が映ったような気がした。しかしそのまま沖田を見つめていても、飄々としている彼からは、特に動揺した様子など感じ取れなかった。私の勘違いだったかな?「うむ。総司がそう言うのだ、雪村くんはれっきとした女性だろう!」声を大にして近藤が宣言する。未だ納得していなそうな数人をそのままに、近藤は続けて私の新選組での処遇を考え始めた。とりあえず、難所は突破したらしい。沖田に救われたのだと思うとなんだか気色悪い気分だが、まぁ良しとしよう。寧ろあの状態からこんな良い形に事が運ぶなんて思いもしなかった。奇跡的、と言っても過言じゃないだろう。かくして私の新選組入隊が決まったのである。処遇は平隊士。常に男装し、通常の隊士と同様に隊務をこなすこととなった。私に課された条件は二つ。その二つの条件さえ守れば、当面の衣食住は保証してくれるらしい。一つ目の条件は、雪村綱道探しに協力する事。もっとも、私はこんな条件があろうとなかろうと綱道を探す気でいたので、あまりこの条件に意味はなかった。問題は二つ目の条件である。二つ目の条件、それは、絶対に自分が女である事を幹部以外の人間に悟られない事だった。男尊女卑が当然のご時世だ。女子が刀を差して侍紛いの事を行っているなんて情報、万が一外漏れるなんてことがあれば、新選組の威厳など簡単に地に落ちるだろう。故に、何がなんでも女子であることは隠し通さねばならない。「完璧な男装、かぁ…」少し埃っぽい着物に腕を通しながら呟いた。桃色の着物を着ていては、女らしさが隠せない。そう指摘され、背丈が近かった藤堂の着物を渡されて今に至る。私は自分が囚われていた部屋で一人、服を着替えていた。部屋の外に見張りの沖田の気配を感じながら、サッサと着替えを済ましていく。男装に自信があるかと聞かれても、正直何とも言えなかった。現代にいた頃も、この世界にきてからも、女としてしか生活してこなかった私に、はたして完璧な男装など出来るのだろうか。そんな不安に追い打ちをかけた事案。それが部屋割りだった。隊士の寝泊まりは、屯所の構造上、平隊士から局長の近藤に至るまで、皆がいくつかの部屋で雑魚寝をしているのが現状だった。そんな中、私一人に与えられる部屋の余裕なんてない訳で。例外なく、私も他の隊士と共に雑魚寝を強いられる事となった。女子を男隊士達と同じ部屋で寝かせるなんて申し訳ない、と近藤に謝られたが、謝られても仕方がない事だった。ただでさえ警戒して過ごさなければならないのに、寝るときすら気が抜けないとは。想定内ではあったものの、かなり疲弊しそうな未来を憂いて、大きな溜息をついた。もっとも、バレてここにいられなくなった時は、鬼の力を使って逃げてしまえばいいのだけれど。なんて考えれば、少し気分が晴れた気がした。「着替え終わりましたよ」部屋の外で見張りをしていた沖田に声をかけ、襖を開けて廊下に出る。ニコニコと微笑む彼の姿が目に映った。「へぇ。色味が変わるだけで、案外ちゃんと男に見えるもんだね。孫にも衣装ってやつ?」少し感心したように私を見た沖田。最後の一言は意味不明だが、男装は上手く出来ているならそれでいい。「そうそう、金は出すから自分用の着物は後日誰かと買いに行けって土方さんが言ってたよ。それと、正式な入隊は明日らしいから、今日はその部屋で大人しくしてろってさ」そう言って襖の横の壁を背に座り込んだ沖田。私は大人しく部屋に戻ると、すぐに斎藤が部屋を訪れた。彼はこれからの処遇について、新選組のルールについてなどを簡単に、かつ的確に説明してくれた。斎藤は説明が終わるとすぐに部屋を出て行く。私はどうやら、近藤の親戚筋の少年と身分を偽り、1番隊隊士として沖田の小姓役を務めるらしい。監視も兼ねるなら小姓役として組長に同伴する事がもってこいなんだろうなぁ、などと私は部屋で一人、持て余した暇を埋めるようにボーッと思考を巡らせていた。随分と長く壁に背を付けてボケっとしていたので、少し腰が痛い。一度、大きく背伸びをした。それにしても、あの性格悪い沖田の小姓かぁ。絶対面倒くさい事が起きそうだ。嫌だなぁ、そんな声が虚しく部屋に響く。仕方ないことと割り切るしかない。しかし、局長の親戚筋という肩書きを偽装すれば、他の隊士たちに女っぽいなどと変なちょっかいを出されずに済みそうだ。…まぁそんなこと、気にする程の事じゃないんだけどさ。ぼんやりと天井を見上げながらあれこれ考えていたせいだろうか、睡魔が私を襲っていた。まぶたが重い。「どうせ暇だし、ちょっと寝ちゃおっかな…」誰に言うわけでなく呟いて、私はごろりと横になって目を閉じた。落ちてゆく思考の中で浮かんだ顔は、薫の顔だった。連れ去られていく薫が無理して作った笑顔。私が最後に見た、薫の表情。待っててね、薫。今度こそ、私が貴方を守るから。どうか、無事でいて。薄れゆく意識の中で、薫を熱望する。そんな中、ふと、全く関係のないことが頭をよぎった。今更だけど、薄桜鬼のゲームでは千鶴は土方の小姓になるんじゃなかったっけ…?そんな疑問が頭を掠めたものの、惚けた頭ではそれ以上のことは考えられる筈もなく。私はそのまま、まどろみの中に堕ちていったのだった。to be continue…------------------------やっと入隊しました!沖田さん大好きだけど最近斎藤さん熱が高まって仕方のない私であります( 41 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-