回避可能の失態試合開始の声とともに木刀を構えた沖田。その動きは非常に洗練されており、彼の実力が現れているようであった。沖田は顔もスタイルも良いから、こういう姿がとても様になる。本当、口さえ開かなければ最高のイケメンなのに…いや、もちろん声も最高にイケメンなんだけども。そんな沖田の美しさに惚れ惚れしながらも、私は懐かしき自分の記憶を辿っていた。沖田が始めにとった構えは、平晴眼の構えであった。左半身を引き、剣先を相手の右こめかみに向け若干歯を内側に傾ける、天然理心流の基本の構え。諸説はあるが、天然理心流では突きをする前にこの平晴眼の構えを取るという。それにしても、よく15年以上も前に覚えた天然理心流の構えについて覚えているものだな、と我ながら自分自身に感心する。何故私が天然理心流の構えについて詳しく知っているのかというと、これにはすごい偶然が重なっていたりする。何の因果かは知らないが、私には現代で天然理心流の稽古に通っていた時期がある。高校に入学し剣道部に入ったばかりだった私は、その頃、竹刀だけの剣道では物足りなくなっていた。そこで、たまたま家の近くの体育館で稽古を行っていた天然理心流に興味を持ち、そこに入門したのだ。結局、受験勉強が忙しくなり、高校2年生の夏休み以降は稽古に行けなくなってしまったので、実質1年ちょっとしか稽古は受けれていないんだけどね。まぁそんなこともあって、私は天然理心流で初めに習う一通りの構えや礼儀作法等が身体にしみついていた。本当に、偶然って面白い。いや、もしかしたら私が天然理心流に通っていたことも、偶然じゃなくて誰かの思惑の内かもしれないのだけれど。そんな自分の境遇に、思わずフッと口角をあげてしまいそうになって慌てて真顔になる。危ない危ない。木刀を持ちながらニヤけるなんてどんだけ怪しい奴なんだ私は…。どこぞの沖田じゃあるまいし。自分にツッコミ入れながら、私は木刀を握り直した。「ずいぶんと余裕そうだね?」お互いに探り合うように間合いを取り続けていれば沖田が口を開いた。「…そんなことないです」控えめに沖田の言葉を否定しながら、私は彼を見つめる。「そうかな?それなら良いんだけど」「…!」沖田は言い終えるや否や、間合いを詰め上段から斬り込んでくる。私はすぐさま木刀を構え、頭上で彼の一撃を受けた。実に身軽な動作であったが、その攻撃は非常に重いものであった。私が沖田の剣を受けたのを見て、その場にいる斎藤や土方を除いた人たちが息を飲んだのがわかる。沖田の剣を防ぐ、おそらくほとんどの人間にはそんな事は出来ない。私自身、長年剣術をこなしてきた経験と、鬼由来の反射神経があるからこそ反応できたのであって、並大抵の実力がなければその動きすら目で追えないくらい彼の剣は早く、そして正確だった。ギリギリ、と沖田が上から力を込めてくる。鍔迫り合いに持ち込まれては体格で劣る私には分が悪過ぎる。私は剣先を下げ彼の木刀を受け流すようにして沖田の左側へ移りそのまま上段から首を目がけて斬り込んだ。しかし、私の木刀が彼を捉えるよりも早く、沖田は後方へと飛び退く。( 38 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-