かわいい子は嫌いじゃないよ私を連れてきた斎藤にご苦労、と告げる土方。斎藤はその言葉に礼をして部屋を去っていった。土方と二人、向かい合うように座る。お互い口を開かず、沈黙が部屋を満たしていた。「お前、どこまで知っている?」土方は苦虫を噛み潰したかのように眉間にシワを寄せる。どこまで、とは何についてを言っているのだろうか。そんなことをぼんやりと考える。羅刹のことなのか、鋼道についてなのか。はたまた、新選組について、なのか。「…綱道さんが京で何をしてるとか聞いたことはあるか?」私が答えあぐねていれば痺れを切らしたかのように土方が口を開く。ああ、羅刹のことか、とそこで彼の真意に気づく。綱道のことが知りたければ綱道本人の交友関係を聞くのが妥当。だが土方が知りたがっているのは鋼道の仕事について。つまり、彼は、いや彼らは羅刹について知りたがっているのだ。「いえ、父上には京で仕事があるとしか…」土方の言っていることの意味がわかっていないかのように演じながら、言葉を選ぶ。勿論、本当は綱道のやっていたことは知っている。だがここでそれを明かしたところで何か変わるわけではない。こちらの手の内はできるだけ残しておきたい。いざとなったときに、この情報は確実に役に立つものとなる。それこそ、切り札に。「本当に何も知らねぇんだな?」 念を押す土方にこくりと首を縦に振る。「知らねぇならいい」ふぅ、と息を吐く土方。 しかし、彼の表情は晴れない。てっきり話はこれで終わりかと思っていたが、どうやらまだ終わってないらしい。藍色の重たい空気が辺りを包む。恐らく、次にくる問いは私を不利な状況へ追い込むものだ。直感がそう言っていた。ゆっくりと深呼吸をする。冬の寒さに重なるようにして、息をするたびに藍色がじわじわと私を浸食していく気がした。「土方さんいます?入りますよー」そんな状況を気にもかけないような場違いな声がしたと同時だった。スパーンと勢いよく開けられた襖からなんの躊躇いもなく部屋へ入る男が一人。「総司っ、てめぇは人の返事を待つこともできねぇのか!」「やだなぁ、僕だって人の返事くらい聞きますよ」 土方さんのは例外ですけどね。そう付け加え、満面の笑みで私の横に腰を下ろす沖田。ニヤニヤと目を細め、何を企んでいるのか、私の頭にポンと手をのせた。「僕、この子のことで土方さんに話があるんですよ」唐突に放たれた沖田の言葉は、遠慮することなく空気を一掃した。藍色が、黒に色を落としていく。「土方さんの聞きたいことからしても、悪い話じゃないと思いますよ?」( 35 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-