騙して笑って欺いて背中を嫌な汗が伝う。やっぱりこの人たちは侮れない。永倉の質問は、昨夜私が現場に居合わせたことを私の口から言わせるためのものだ。久しぶりに歯応えのある人間に会ったと思って、どこか狂喜的な感情が胸をよぎった。誘導尋問。パッと頭のなかに浮かんだ4文字だった。相手に気づかれないように自分たちの知りたいこと、言わせたいことを聞き出す術だが、簡単に言えば、相手にカマをかけることだ。そして今、私は恐らく、否確実に、誘導尋問をされそうになっていた、否されかけていた。私としたことが、…いや、“私だからこそ”、気づかなかった、気づけなかった。別に昨日の件について言えないことはないが、できれば穏便に済ませたい故に、誘導尋問などをされてはたまったもんじゃない。まして、つい口を滑らせれば、私は粛清と言う名の裁きを受けるはめになりかねない。粛清はここから逃げ出せばいいだけなのだから直接私に影響することはないが、逃げ出したあとに追われる身となってしまうと京で行動するのが面倒になる。慎重に、言葉を噛み砕かねば。「ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じするならそれが一番じゃないですか」私が黙り込んでいると、沖田が笑いながら口を開いた。ああ、なんでそういうことを言うかなこの男。一瞬にして重くなった空気に、心中で毒づく。鉛が空気に溶け込んだように、空気がどんよりと、重く暗く沈んでいく。危ない発言は、危ない発想に繋がってしまう。問題発言をした張本人を見れば、ニコニコと営業スマイルで見返された。営業スマイルでこっち見たって許さないんだから。まぁ、確かにその笑顔がカッコいいのは認めるけど。沖田にはただでさえ穏やかではない雰囲気をこれ以上悪くしないでほしいと願うばかりだ。切実に。「そんな顔しないでくださいよ、今のは冗談ですから」パッと明るい声が空気を伝わった。しかしその反面、周りの表情が苦いままなのを見て、案外沖田の発言は冗談ではないのがわかる。「冗談に聞こえる冗談を言え」おちゃらけるような様子の沖田に斎藤が指摘すれば、張りつめられた空気がゆるゆると解けていく。ただし、一度暗くなった空気はそう簡単には治らず、どこか淡い暗さを残していた。はぁ、ため息が一つ聞こえ、土方がこちらを向く。「もういい、つれてけ」土方がいい放ったが同時に立ち上がった斎藤。つれてけ、とは私に対して言ったのだろうが、一体私をどこに連れていくのかな?まさか、殺されるわけではないだろうし、とりあえず私を部屋に戻して、自分たちだけで考えようっていう魂胆だとは思うが。だったら、「ちょ、ちょっと待ってください!」斎藤に立ち上がらされ、腕を掴まれたことに驚いて、命を請うかのように叫ぶ。もちろん、何も知らない被害者を演じるために。もっとも私の反応は虚しく、斎藤に引っ張られ、部屋から連れ出される。廊下を二人、無言で歩く。ちらりと斎藤を見れば特にこちらを見ることなくまっすぐ前を見つめていた。やはり、私が連れてこられたのは元々いた部屋だった。「最悪を想定した方がいい」私の体を部屋に押し込み、無表情で言い放った斎藤を私は脅えた風な表情で見つめた。我ながら演技が上手いかもしれない、なんて思いながら。( 25 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-