自己紹介はどちらの私を広間と廊下を隔てるであろう襖の前で井上が立ち止まる。もともとあらかたの面子については薄桜鬼ないし歴史事実で知ってはいたものの、改めて井上から新選組の面々についての説明を受けた。みんな良い奴ばかりだ、と。「さ、入って」そう言って部屋に入っていく井上に続く。途端に集まった視線。明らかに喜ばしい色ではない視線が、好奇心と警戒心の棘が、チクチクと私に突き刺さる。「おはよう、昨日はよく眠れた?」部屋に入るや否や沖田に声をかけられる。その翡翠の瞳が三日月を描き、こちらを見つめていた。まったく、一体なんて返事を返せばいいというのだ。私がいくら雪村千鶴だとしても、本物の“雪村千鶴”にはなれない。彼女の仕草、話し方、そのほとんどが私にって未知のもの。だから私は彼女にはなれないし、なる気もない。しかし、だからといって私が怪しい行動や、態度だったらどこぞの間者ではないかと怪しまれてしまう。ただでさえ沖田の攻撃をかわしてしまっている状況である。間者として疑われているのは確実だ。どうにかして誤魔化さなくては。とりあえずではあるが、私は薫を探すために新選組を拠点にするつもりなので、何が何でもこの尋問を自分に有利に進めたい。できれば何事もなくここにいれるようにしたい。だから、そのためにも何手も先を読んで話すのだ。いたって普通に、怪しまれないように。巧みにことばを選んで。普通の女子だったら、一体どんな反応が普通なのかを意識しながら。「…あまり、寝れませんでした」「ふぅん。そのわりには僕が何度声をかけても起きなかったみたいだけど?」はぁ、と心の中でため息を吐く。何が何度声をかけても起きなかった、だ。いつ来たよ、いつ。私は一晩中起きてたから君が来てないってわかるからね。まぁ、そんなこと言ったら怪しまれてしまうから言わないけど。「…そ、それは申し訳ありませんでした」ペコリと、怯えたふうに頭を下げる。本来なら言い返してやりたいが、我慢だ、我慢。「頭を上げろ。お前はからかわれているだけだ」突然斎藤が声をあげる。「え!?…あ、はい」彼の言葉に驚くふりをして私は頭を上げた。からかわれているなんて気づかなかった、というような表情を作りながら。ちらりと斎藤を見つくれば、深い濃紺の目はただまっすぐに前を見つめるだけだった。やっぱり、斎藤は優しい男だと漠然と思う。たとえ先ほどの言葉に私への配慮がなかったとしても。「酷いな一くん。バラさなくてもいいのに」怒るでも悔しがるでもなく沖田はそう口にする。「お前ら、無駄口ばっかたたいてんじゃねぇよ」私たちのやり取りが気に食わなかったのか、土方が不機嫌そうに言った。「でさぁ、土方さん。そいつが目撃者?」( 21 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-