自己紹介はどちらの私を襖が音をたてながら開かれる。そこに現れたのは、井上源三郎と名乗る気の優しそうな男だった。「すまないねぇ、総司のやつずいぶんときつく縛ったみたいだ。どこか痛むかい?」「…いえ、特に」手首以外の縄をほどかれ、自由になった身体を動かしてどこも痛めていないことを示せば、ならば良かったよ、と柔らかく微笑んだ井上。残念なことに井上についての薄桜鬼での記憶は私の中には残っていない。記憶の劣化は恐ろしい。薄桜鬼での主要な新選組の幹部についてなら記憶があるものの、それ以外は全くといって覚えていない。そもそも15年以上前の記憶を正確に覚えられるほど、私は薄桜鬼にはまっていない。だが、それは“薄桜鬼”のキャラとしての話である。“歴史上”であれば、話は異なる。そもそも、薄桜鬼のゲームを友人に進められたのも私が歴史好き故だ。私の好きな教科は、日本史。好きな時代は幕末じゃないけれど、幕末のあと、明治が私の好きな時代。つまり、この時代の歴史はかなり記憶しているつもりだ。この世界でそれが通用するかどうかはわからないが。「ちょっと来てもらえるかい?広間にみんな集まっているんだ」けして強い表現を用いていないはずなのに、井上の言葉はこちらに拒否権を与えない。「わかりました」私の承諾を確認し、それでは行こうか、そう言って立ち上がる井上。それを見ながら、私もゆっくりと立ち上がる。遂に来た、と漠然と思う。恐らく、このあと私は広間で彼ら新選組に尋問をされるのだろう。昨日の夜について、羅刹について。私は、ちゃんと羅刹について白を切ることができるのかな。そんな一抹の不安を抱えながら井上の後を追って部屋を出る。「………寒い」井上に聞こえるか聞こえないかの声音で呟く。冬の朝はとても冷える。吐いた息が私に似つかわしくない白色をして、まるで私がこの場にいるのを咎めるかのように見えた。( 20 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-