決定権なんて、ない「そうですか…」私は、京に来ていた。しかし、父の友人の松本先生の元に訪れたものの、あいにく松本先生は留守らしい。はぁ、とため息をついていたいところだが、今はそんな場合ではない。ポツポツと雪が降ってくる空を見上げ、心に薄い靄がかかった。さて、どうしたものか。既に日は沈んでしまった。私としたことが後先考えずにここまで来たので、松本先生がいない今、本日泊まる宿すら決まっていない。一応今は袴を履き男装をして刀を腰に差しているとしても、馬鹿な連中に絡まれない自信はない。人間は自分のことしか考えない下郎どもばかりだ。自分の欲に忠実なやつばかりで、他人をなんの利益もなく思えるやつなんて、いるのだろうか。人間なんて所詮そんな価値のないやつばかり。「おい、小僧」ほら丁度こいつらみたいに。そう思いながらなぜか面白くなり、唇に薄く狂気じみた笑みを浮かべた。「小僧のくせにいいもん腰にさげてんじゃねぇか」私に絡んできた男。見た限り人数は二人。一目で薄汚い輩だとわかるその風体に、ニタニタと人を見る目には吐き気しか覚えない。私の刀を取ろうとするっころから見て、人の金を啜って生きているような奴等なんだと思う。「その刀、お前にはもったいないから俺たちがもらってやるよ」「ほらよこしなっ」言うや否や、力任せに私の刀を奪おうとする。薄汚いその手が迫るのを見て、黒いの感情が沸くのがわかった。憎悪の、感情が。「やめてください」高ぶる感情を押さえ込み、刀に伸びた手を払うように除ければ、かち合う目。「小僧、とっととそれを渡せ。さもないと…」カチャリ、と音をたてて刀に手をかけた男。その手つきの悪さに失笑しかねる。私だって刀を多少は扱える。現代では中学、高校と計6年間剣道部に入っていたし、自慢じゃないが、中学も高校も主将を勤めていた。それに、薫を助けるために、一人で剣を扱うに不自由ない程度には稽古をつけたつもりだ。刀に手をおいたままの男たちを睨み付ければ暴言を吐いて抜かれた刀。相手は二人、それも雑魚。手傷を負わせるのは簡単だが、あとあと役人に厄介になる気はさらさらない。抜こうか、抜かまいか。私にこの男らを殺す気は、ない。「逃げるが勝ち、ってね」( 11 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-