決定権なんて、ない私はだいぶ大人になった。二十歳にはなっていないものの、一人で何かをするのには十分に成長したと思う。少なくとも、薫を助けるために体を動かすには丁度いいだろう。私が目を覚まし、記憶を取り戻した後、綱道は自分を父親だと私に言った。私が記憶をなくしたと思ってのことだろう。実際は、その日中に記憶はほとんど思い出していたが、これから綱道と暮らしていくなら父親と娘という関係が一番過ごしやすいと思い、十何年経った今でも私は記憶がないということになっている。綱道は優しかった。本当に私を娘のように、娘以上に大切にしてくれた。もはや私にとって綱道は他人ではない、同じ雪村の血が流れた同胞だった。しかし、綱道は私に優しくする裏に必ず人間への憎しみがあった。初めて会ったときから感じていたように、綱道は鬼というものを尊んでいる。だからそれを汚した人間が憎いのだ。日々を暮らしていくためにやむを得ず蘭法医として人間を治療していても、すべてが作り笑いだった。特にここ最近は酷かった。人間を見る眼が、正気のものではない恐ろしいもので。明らかにどこかおかしかった。そして、今。私はそんな綱道ともう三月も連絡がとれていない。仕事で京に行き、はじめのうちは毎日毎日私が返信を返すまもなく手紙をよこしたくせにそれが三月前にピタリととまったのだ。何かあったと理解するのは容易い。綱道は鬼だ、向こうで浪士に襲われ殺されるようなことはないだろう。しかしそうすると連絡がとれない理由がわからない。確か綱道はここを出る前、怪しげな実験ばかりしていた。私だってだてに医大に通っていたわけじゃない。医学について、この時代のやつに負けるほど落ちぶれちゃいない。だからこそ綱道の実験が危ないということはすぐにわかった。ただ、私はそれを止めようとは思わなかった。なぜ止めなかったかといえば、自分でもなぜだかわからない。唯一言えるとすれば、私も人間を憎んでいるから、だろうか。「探しに行くか…」そう言葉を溢して空を見た。江戸はどこか寂しい。儚いような、そんな。身を縮めるほど寒い冬はそれを余計感じさせた。厚い雲に包まれた空のように、私の心もどんより灰色に陰っていた。( 10 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-