翌日、一概に喜ぶことのできない知らせが届いた。

 大助に恋人ができたらしい。

 隣のクラスの、なんて言ったか。…そう、確か間宮さん。ストレートの長髪の綺麗な、美人さん。とは言え、男だけど。
 なんで男なのにそんな髪伸ばしてんだとか、禁句だ。

 昨日の部活が終わった直後、第一体育館脇で告白されたらしい。それまで何度か彼等が親しそうに話している所が目撃されていて、どうやら相思相愛の仲になるのも時間はかからなかったようだ。

 おめでとう。

 幸せになれよ。

 羨ましい。

 この裏切り者。

 色々な言葉を浴びせられていた大助だったが、俺は何も言うことができなかった。放課に大助がその間宮さんの惚気話しをしている間も、気のない返事ばかり。意識していないと、聞いてはいけないことが口から出そうで仕方なかった。大助が悪いんじゃない。間宮さんも悪くない。誰も悪くない。でも、…それでも俺は。

 …酷く苛立っていた。


 昼休みに食堂に行っても、京一の姿はなかった。変わりに、いつも彼が座っていた席には間宮さんがいた。明るい、天真爛漫な笑顔を浮かべて、本当に幸せそうに、大助と笑っている。

 唇を噛み締める。必死に。
 怒鳴ってしまいそうだ。何も悪くない彼に。責めてしまいそうだ。幸せを手に入れた彼等を。

 一つの恋が叶ったその影で、一つの、小さな恋が、きっと本人はそうだとさえ気づいていないだろう恋が―――終わったのだ。


「淳」


「わかってるよ」


 笹木が、苛立っている俺を窘めた。
 彼等は、俺が苛立っているその原因に気づいているのだろう。きっと、大助と京一を良く見ていた奴らなら、皆が気づくはず。


「そんな目で見てやるなよ、喜んでやんねぇと」


「しつこい、同じ事を言わせるな」


 わかっている。
 俺は、わかっているさ。理解している。そこまで馬鹿じゃない。

 それでも、腹が立つんだ。
 京一の昨日のあの表情。きっと、あいつは。


「…………………」


 無言で席を立って、食器もそのままに食堂を出た。後ろから笹木達の声が追ってきたが、今回ばかりは応じる気はない。
 足は真っすぐに第二図書分館に向かっていた。空いているのは確か、朝と昼休みと、放課後だったはず。なら、問題ない。

 中に入ると、直ぐに三階に向かった。何時もの場所まできて、俺はようやく足を止める。そこに京一はいない。
 窓に額をつけて、外を眺めて、そして、自然と渋面を作った。

 そこからは、第一体育館が良く見えた。

 京一は、ここから大助を見ていたのかも知れない。声をかけられないから、自分の気持ちがなんなのかわからないから、気になって仕方なくて、此処から、眺めて…、襲われた場所なのに、またそうなるかもしれないと思ったら、怖かっただろうに、此処が一番良く見えるからと、ただ、ひたすらに。


 大助は、京一にも報告したのだろうか。恋人が出来ました、と。
 もしかしたら、一番に知らせたかもしれない。その時、京一は、どんな応答をしたのだろう。
 彼の事だから、おめでとうと、短く言って笑っただろう。

 そこまで考えて、俺は我慢ならなくなり近くにあった本棚を力任せに殴った。すると、


「米川……?」


「―――…!」


 唐突に声をかけられ、俺は驚いて振り返る。そこには、京一がいた。彼も驚いたように目を開いて、俺を見ていた。手には分厚い本を携えて、肩には鞄がかけられている。


「本棚は、殴るな。…拳を痛めたらどうする」


「………ご、めん」


 何時も通りの調子で話しかけて来る京一に、荒れていた心が落ち着いた気がした。僅かだけれど。
 彼は何時もの場所に座り込むと、鞄に詰めていた本を次々に自分の周囲に置きはじめ、そして二分もかけずに立派な本の生け垣を作ってしまった。しかも、今回ばかりは何時もとはなんだか違う。クッションだ。三つほど、クッションが用意されていた。


「それは…?」


「部屋から持ってきた」


 此処に住むつもりですか。

 思わず笑みをこぼすと、京一は一つを昨日俺が居座っていた場所に置いて、俺を見上げた。どうぞ、というようにぽんぽんとクションを叩く。


「…ありがとう」


 短く礼を言って腰をおろすと、彼は満足そうに口元を緩めた。…わざわざ、俺の分まで用意してくれたのだろうか。俺は、来るなんて、一言も言っていないのに。もしかしたら、ここ数日続けて来たから、今日も俺が来ると思って用意したのだろうか。
 ずっと固い床に腰を降ろしていたら疲れるし、これは、調度良い。

 これから読書でもするのだろうか、そう思って眺めていたら、彼は鞄の中から何やらなかなか大きな包みを取り出した。それは、黒いバンダナに包まれた、お弁当箱であった。


「此処で食うの?」


 うん、と頷く。許可は貰っている、とのこと。
 続いて魔法瓶を取り出して、紙コップを俺の前に寄越した。ついでに、紙皿も。そして、割り箸までが、俺の前に揃う。
 流石に疑問に思って弁当を見遣る。男二人が食すには申し分ない量の弁当が、そこにはあった。


「大助に頼まれたんだけど、何やら恋人が出来たらしい」


 大助が、京一の弁当を食べてみたいと言い出したらしい。だから作ったのだが、今朝になって恋人が出来たのだと聞かされ、一緒に食べれないと悟り、一人、此処に来たのだ。
 京一は淡々とそう語った。
 それから俺に向き直って小さな笑みを作って


「米川がいて良かったよ。流石に、これだけ一人じゃ食べられなかったからな」


 何処か儚い笑顔。
 俺は何もいわずに箸を取り、煮物を摘んだ。さっき食堂でカツ丼を完食したばかりだったが、構うものか。

 京一の作った煮物は、泣きたくなるくらい、優しい味がした。




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