笑顔に心奪われたんだ。

 とか真面目に言う輩の話なんてお前馬鹿なんじゃねぇのって感じで右から左だった訳だけど。だってそんなん結局顔が良かったからってことだろ。俺は外見より中身重視派だ。
 でもさ、でも…。

 二度の接触で彼のキャラ性とかいうものは理解したつもりだ。
 そのうえで、あの笑顔を見た。

 だからどうか、俺を馬鹿だと言わないでほしい。不可抗力だ。だってあんな、嬉しそうな顔、見たら誰だって…、

 いやいやまてまて、第一俺はノンケだから。


「おーい、淳ー? 大丈夫かー?」


「ダメだ、完全に死んでいる」


「生きてるよ」


 昼休み、食堂の机に突っ伏して悶々としていると笹木達が笑った。俺の様子から移動教室の際に何かあったと勘付いているようだけど、中々切り出せずにいるのだろう。
 机の端には完食したカツ丼のお盆が寄せられている。それ越しに見えるのは、大助と仲睦まじく食事をとる京一の姿。彼は和風定食を好んでいるようだ。対して大助はハンバーグ定食。ボリューム満点だ。

 と、不意に大助が京一に手を伸ばした。
 大きな手が、京一の頬を撫でて、指先が、目の下を拭うようになぞる。


 何だよアレ。
 意味深な。

 見せ付ける、ような。


 京一の瞳が驚きで揺れているのがわかる。何を言われた。わからない。けれど直後に、彼は優しく微笑んだ。大助に。


 ………嗚呼。

 何となく確信した。


 京一は大助が好きなんだ。
 じゃなきゃあんな穏やかな笑顔、浮かべないだろ。





***





 本日も第二図書分館に足を運ぶ俺。諦めが悪いとか言わないで欲しい。だってまだ確証がとれたわけじゃない。俺の直感だって外れる。
 今日は何時もより遅くなってしまった。暗くなりはじめた図書館内に人気はない。カウンターの前を横切ると委員の人がもうすぐ閉めるから早くしてねと言った。
 京一はもう帰ってしまっただろうか。

 三階まで駆け上がり、奥へ進む。
 一番奥の、本棚と本棚の間。

 京一は変わらずそこにいた。

 もうすぐ閉館だというのにそりゃもう熱心に、活字を追っている。近付いても勿論無反応。


「芥菜」


 試しに今回は名前を呼んでみた。
 やっぱり無反応。

 今度は本を取り上げてみた。すると驚いたように目が開かれて視線が本を追う。


「…ぁ、」


 名残惜しいような、残念そうな声を上げて。

 途端に凄まじい罪悪感にかられ、ごめんなさい、と眉を下げて情けない表情をしている彼の手元に本を戻すと、安心したように目が細められた。
 そんなに本が大事ですか。


「あれ、米川じゃないか。今日も来たのか?」


 そしてようやく俺に気付く。取り上げた時点ですぐに気付いてほしいもんだ。


「もうすぐ閉館だってさ」


「知ってる」


「じゃあ早く帰る準備しないと」


「嫌だ」


「……………」


 真面目な顔で首を降る京一。駄々っ子か。


「鍵を預かってるんだ」


「鍵?」


 ごそごそとズボンのポケットから一本の古風な鍵を取り出して、うんと頷いて見せる彼に俺は首を傾げる。一体なんの鍵だろうか。


「…ここの裏口の鍵。遅くまで残ってるから、先生がくれた」


「部屋に持って帰って読めば良いのに」


「…ここが良いんだ」


 案外頑固な様子の彼に俺はふぅと息を吐く。ダメだな。連れて帰るのを諦めて、彼の隣に腰を下ろす。すると京一は不思議そうに俺を眺めてきた。俺が此処にいちゃいけないのかと不満そうな顔を返すと、彼は僅かに口元を綻ばせて本の世界に戻って行った。

 なぜ此処にこだわる必要があるのかは不明だけれど…。

 良いな、この空間は。と思った。


 静かで。

 ぼんやりと申し訳程度についたランプの明かりも。

 本のインクの匂いも。

 京一の、存在も。

 のんびり。

 ゆったり…。




「…………」


 気付くと京一の視線が、また窓の外に移っていた。熱心に、じっと何かを見ている。一体、何がその先にあるのか。日が暮れかけて、オレンジの光りが地面を覆い尽くしている、その先に。

 俺からは特に何も見えなかった。
 そこには京一だけに見えている何かがあるのだろうか。

 窓から京一へと視線を流す。
 そして、俺は見たことを後悔した。

 悲しそうだ。
 と、思ったのか、俺は。

 それとも、悔しいのか。
 切ないのか。


 泣きはしない、と唇を噛んで、目を伏せる、京一。


「…、芥菜」


 俺の呼ぶ声は、果たして彼に届いただろうか。




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