寮へと帰る道すがら、笹木と倉森に遭遇した。
 どうやら俺を待っていたようで、にやにやした笑みを浮かべながらがし、と肩なんて組んで来やがった。一体何のつもりなのか。


「聞いたぞ、お前編入生と仲良くしてるみたいじゃん」


「嬉しいよ俺達は、やっとお前が恋に目覚めてくれて」


 くぅ、と泣きまねなんて始める倉森。
 何か誤解してないか。俺は京一に恋愛感情なんて抱いてない。しかも俺はノンケだし。お前らと一緒にすんな。

 肩に回された腕を剥ぎ取っていると、笹木がまたにやにやと笑う。


「照れんなって、ホントに嬉しいんだぜ俺達。ノンケなのは知ってたけどさ」

「ようこそ、同性愛の世界へ!!」


 心底ウザい。

 げんなりと肩を落とすと、笹木達は鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌で寮へと歩を進める。俺を引きずって。


「安心しろ、お前の恋路を邪魔する奴は皆半殺しだ」


「編入生を寝取ろうとした奴はもれなく息子さんを使い物にならなくしてやる」


「俺達の高嶺の花だった編入生だが」


「お前が欲しがるんなら、俺達は喜んでお前に捧げるぜ!」


 なんでコイツらこんなに過激で大袈裟なんだ。俺が恋をしているという前提で進められる話しに嫌気がさしてされるがまま、寮に入る。俺の部屋には既に飯が用意されていて、ソレを見て本気でコイツらを殴りたくなった。

 お赤飯とか、有り得ない。





***




 翌日。
 お赤飯は悪くないので、完食させてもらった。
 勿論そのあとで笹木達を一発殴って恋してないことを一時間程かけて説明したが、果たして本当にわかってくれたのだろうか。

 三限目は確か、移動教室だったか。笹木達に声をかけようとしたが、姿が見えない。なんだ、先に行ったのか? 置いて行くことないじゃないか。
 少し拗ねて準備を終わらせ、さぁ早く追い掛けようとしたところで、良く透る声が後ろから俺を呼び止めた。


「米川」


「…………………」


 京一だった。
 教材を抱えた京一が、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。一体何だと思ったが、すぐに合点がいった。

 ……アイツら、全然理解しちゃいない。

 教室内は何故か俺と京一だけになっていた。いくら移動教室だからといって、この速度は異常だ。いつもぎりぎりまで皆くつろいでいるのに。笹木達が何か根回しをしたに違いない。


「ええと、…何?」


「次の教室まで、案内してくれないか。どこにあるのか知らなくて」


 そういって彼は困ったように首を傾ける。
 そりゃそうだな、次の時間は…そう、確か化学だ。実験室なんて俺達でも滅多に近寄らないし、あんな辺鄙なところにある教室、覚えるのに俺だって苦労した。
 編入生の京一がそこを知らなくても不思議ではない。

 俺は二つ返事で承諾して彼を実験室まで送り届けることになったのだが、その間、会話は全く無し。京一は沈黙になれているようで、気にした風もなく毅然と歩いていたが、俺はとにかく会話探しで大変だった。
 何時もはどんな本を読んでいるんだ、とか聞くべき事はなんでもあっただろうに、何故か真っ直ぐ前を向く彼の横顔を見る度にそんな話題はどこかに飛んで行ってしまった。


「……大助とは」


 やっとのことで出て来たのは、大助の名前。
 途端に京一の表情が変わった。何とも言えない、微妙な表情。切ないような、苛立っているような。


「大助とは仲良くやってるのか?」


「…………アイツ、馴れ馴れしいな。初めは凄くウザかった」


「………………」


 大助、お前めちゃくちゃ嫌われてたみたいだよ。

 しかし、初めは、とは…


「今は?」


「今は………」


 急に、京一が足を止めた。
 どうしたものかと俺も立ち止まって彼を振り返る。鋭い、けれど優しい色を孕んだ瞳がじっと俺を見ていた。
 目が、離せなくなる。


「――良い奴だと、思うよ」


 京一は微かに、


 大助が数度しか

 見たことがないという、


 何時もは無表情なはずの

 その端正な顔に、


 本当に、


 本当に、



 微かな、





 ―――笑顔を浮かべていた。




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