所変わって、俺の自室。やっぱりショックだったのだろう、顔を蒼白にしている彼に俺は買い置きしていたプリンを振る舞った。
するとどうだろうか、けろっとしてすぐに平らげてしまった。
現在奥の部屋でお着替え中。
制服が予備の一着だけになるのは不憫だったので、予備が何故か二着もある俺が彼に一着差し上げることになったのだ。
サイズ的な問題は考えなくても良いだろう。予備の二着の内一着はいつか背が伸びた時に着ようと考えて買った代物だし。京一にはぴったりだと思う。悔しいことに。
高坂はあの場に放置してきた。
明日学校であった時、絶対俺意識しちゃいそうで怖い。
「おい」
ソファに寝そべってテレビを見ていたら後ろから声をかけられた。どうやら着替えが終了したらしい。
それにしても、よく通る声だな。
「お前、名前何て言うんだ?」
振り返ると、所在なさげに立ち視線をさ迷わせる京一の姿があった。俺の予備のシャツに身を包んだ彼に、不覚にも何故か胸がざわざわした。
何だこれ。
「…米川、淳」
京一がゆっくりと顔を上げる。
ぱちりと、視線が絡んで、京一は小さく笑みを作った。
「俺は、芥菜京一」
知ってます。
「その、さっきはありがとうな。…動けなくてちょっと、困ってたんだ」
「は?」
「本とか、下敷きにしてたし、二、三冊投げてしまったしな。あれはちょっと自分でも如何なものかと思った」
「………………」
何だろう。全然話しがわからない。
襲われてたのにも関わらず、動けなくて困ってたって何だよ? しかも、本の心配してんの?
違くないか、それって…。
「……俺、何か変な事を言ったか?」
知らず眉間に皺を寄せてしまっていたらしい俺の表情を見て、不安そうに瞳を揺らす。
…無自覚。天然かよ。
「ええと…芥菜はさ、自分が何されそうになってたかわかってるの?」
驚くことに、彼は頷いて見せた。
「でも未遂だろう」
「そうだけどさ」
「じゃあ、何を気にしている? …あ、俺が気にしていないことを気にしているのか?」
「ちょ、ちょっと待った!」
慌てて待ったをかけて俺はソファから飛び降りる。
待て待て、焦るな。
待ってくれよ。
可笑しいだろ。
男に襲われて、制服まで破かれたのに、それを気にしていないだと?
京一の顔を正面から眺めるが俺の部屋だからか少し居心地悪そうにしながらも彼は毅然とそこに居る。
じゃあ、連れて来たときのあの蒼白な顔は何だったんだよ。
「お前が、何を考えているか知らないけど。俺は気にしていない」
「日常茶飯事だからとか言わないよな…?」
「言うわけないだろう」
呆れたように肩を竦められた。
だったら、何で。
そんな事を言えるんだ。
何処か軸のズレた彼の考え方に、俺は戸惑うばかり。
何を考えているのかさっぱり掴めない。こういうとき、どういった対応が正しいかなんて、俺は知らない。じゃあいいか、なんて軽く流せるような事ではないだろうし、高坂がまたこんな事をしないとも言い切れない。
「制服、ありがとうな。また今度、買って返すから」
「――…え、ちょ、待っ」
京一はそれだけ言うと、伸ばした俺の手を簡単に避けてさっさと出て行ってしまった。
…なぁ、大助。
お前、なんて奴と飯食ってんだよ。
編入生、芥菜京一は、俺なんかが到底考えつくことの出来ない思考の持ち主でした。
つまり、変な奴。
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bkm