15
 午後からの授業はサボってしまった。
 泣き疲れた京一が俺の膝を枕にして眠ってしまったからだ。いい加減本棚を背もたれにしているせいか背中が痛くなってきた。けれど安心したように眠る彼を見ていると起こす気にもなれずに先刻六限終了のチャイムを耳にした。
 倉森たちに一応連絡はしておいたが、どうだろう、先生にはうまく言っておいてくれただろうか。また変な欠席理由を言われていないといいのだが。


「ん……、」


「京一…?」


 起きるだろうか。小さく声を漏らし身じろぐ姿がなんだかかわいらしく見えた。だが待てよ俺。相手は自分よりも背の大きな、しかも自分と同じ男子だぞ。俺も末期だな…。小さくため息をつくと、それに反応してか、膝の上の京一がゆっくりと瞼を持ち上げ俺を見た。
 上目使い…。普通に過ごしていればあり得ることのほとんどないシチュエーション。


「よねかわ」


 目が覚めてすぐ近くに俺がいたことに安堵したのか、彼は柔らかく微笑んで眠そうに目元を擦る。しかも寝起きのせいか、ちょっと舌足らずに俺の名を呼んで。
 俺の理性が試されている。まだ自分の思いは伝えていない。俺たちは恋人同士になったわけでもない。なのになんだ、この彼の態度の違いは。俺のことなどさほど関心がなかったように見えた一昨日までとは全く態度が変わっている。


「…いまは、何時だ」


 体を起こしながらそう問いかけてくる彼に答えるために携帯を開く。無くなった膝の上の体温が、重さが、さみしい。


「ん…っと、もう五時だ」


 携帯の画面に表示された時刻を京一に伝えると彼はそうか、とだけ言ってずれた眼鏡の位置をなおした。そんな些細な仕草さえ格好よくみえるくらいに彼は男前だ。けれどどこか線が細く、美人と形容しても不自然ではない。この学園の生徒会役員達よりは劣るとはいえ、見かければ何人かが振り返るレベル。そんな彼がこんな平凡な俺に無防備に笑いかけているなんて、誰が想像できるだろうか。


「…情けない姿を見せて、すまなかった」


「京一が謝ることじゃないよ、悪いのは…俺なんだし」


 彼をあれほどまで追いつめた原因は、きっと俺だけじゃないはずだ。大助のことだって、きっと関係している。けれど追い打ちをかけたのは俺のキスに違いないのだ。「ごめん」と言って頭を下げると、彼は不思議そうにその様子を見て首をかしげた。


「俺はもう気にしていない。だから謝るな」


 そろそろと頭をあげて京一の表情をうかがってみて、俺は頬がかっと熱を帯びるのを感じた。目を細めて柔らかく微笑む彼は、こんなにも美しい。普段の仏頂面が嘘のようだ。
 許してもらえたのはいいのだが、俺はこの火照りをどうすればいいのだろう。人前でここまで赤くなってしまったことはないから対処の使用が分からずとにかく彼に見られないようにと顔を両手で覆った。
 どうしたんだ、なんて呑気な声が聞こえたが無視だ。あんたのせいで俺はこんなことになってるんだ。責任とってくれよ京一。


「顔が赤いが…調子でも悪いのか?」


 問いかけに答えず顔を覆って唸る俺に勘違いしたのだろう、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。どうしよう、どうしよう。
 俺はこの状況をどう切り抜ければいいんだ。


「――…」


 悶々と悩んでいるうちに、すっと彼の手が離れ、気配が遠ざかる。突然のことに顔を覆っていた手を少しだけずらし、彼の様子を見てみた。京一は俺から距離をとるように体を離し、縋る様に近くにあったぬいぐるみの端を強い力でつかんで、気まずそうに視線を落としている。どうしたのだろう。
 疑問はすぐに解けた。背後から声が降ってきたのだ。


「――京ちゃん」


 大助、だった。


「――…京ちゃん」


 俺の背後に、悲しそうに京一を見下ろす大助の姿があった。京一は俺から離れたわけではなかった。俺の背後に立っていた大助から、逃げたのだろう。その証拠に彼は大助に呼ばれても顔を上げることもせずにただただ俯き、何かを耐えるようにぬいぐるみを握りしめるだけだ。返事すら返さない。


「……なぁ、京ちゃん。俺、」


 大助が何かを語ろうとしたその刹那。京一はばっと立ち上がり、大助の隣をすり抜けるようにして定位置を離れ、廊下を足早に歩いて行ってしまった。その場に残されたのは状況が呑み込めていない俺と、暗い顔をした大助だけ。
 さっきのあれは、明白な拒絶だった。京一は、大助を拒絶していた。
 何故。一昨日まではそんなことはなかったはずだ。間宮さんに気を使って京一が彼をなんとなく避けているような感じは少しだけしたが、こんなあからさまではなかった。彼らの間に何があったのだろう。何かあったとするなら、昨日。
 俺が休んだ昨日、二人に何があったというのだろう。

 俺はあわてて立ち上がり京一の後を追った。ロビーへと続く階段までつくと、すでに入口の自動扉をくぐろうとしている京一の姿が見えた。
 俺よりも足が長いのだ、俺が小走りしたくらいではこの距離は追いつけるはずもない。必死に足を動かし、階段を一段飛ばしで駆け下りロビーを走ると受付で返却作業をしていた人に怒られてしまった。謝罪している暇も惜しく、俺は走る。
 図書館を一歩出ると唐突に大きくなる蝉の騒がしい合唱に思わず足を止めそうになったが、前方の人目につかない木陰の方に京一が入ったのを見つけてまた走り出した。図書館の中は空調がきいていたが外はやはり熱い。木陰に入った頃には背中にじっとりと汗をかいていた。


「京一?」


「なんでついてくるんだ」


 図書館での彼の様子からしてまた泣いたりしていないかと少しだけ心配していたのだけれど、それは杞憂に終わったようだ。思っていたよりしっかりとした視線が返ってきてほっとした。



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