13


 たかが一人の日常が狂ったところで世界に何かしらの変化があるわけでもなく、今日も平日。つまりは授業がある。授業があるということは、京一と顔を合わせる可能性もあるということだ。


「…今日休む」


「だめ」


「休むったら休む。もう決めたんだもん」


「かわいく言ってもだめ」


 朝からそんな調子で俺は登校を全力で拒否していた。
 どの辺が全力かって、起きてから一歩もベットから出てない所かな。布団を頭まで被って丸まっていると笹木が団子虫みたいだとか言って大爆笑しやがった。あのやろう覚えとけよ。


「なぁ淳、編入生と顔合わせにくいってのはわかるけどさ、授業休むのはどうかと思うぜ?」


「そうだぞ淳。お前は編入生と違って顔も頭の出来もまちまちなんだから、サボったら普通に呼び出しくらっちまうぞ」


「悪かったなまちまちで」


 俺が布団から出ないの理由は「京一に会うかもしれない」というだけではなかった。
 大助とだって、同じクラスなんだから必然的に顔を合わせることになる。昨日の今日でどんな顔をして会えばいいって言うんだ。多分俺が京一にキスしたって言うのは、もう彼の耳に入っている事だろうし。余計に会い難い。


「…明日は、ちゃんと行くから。……今日は、休ませて欲しい、です」


 布団に篭ったままもごもごと告げる。
 しばらくの沈黙の後、笹木は仕方が無いといった様子でため息をついてぽふんと俺の布団を叩いた。


「絶対だな、約束だぞ」


「…うん」


「ちゃんと教師にはお前は朝から下痢が酷くてとても学校に来れる状態じゃないって伝えといてやるからな」


「おい!!」




***




 布団の中でごろごろしていたらあっという間に時間が過ぎて行った。
 学校で授業を受けている時は夕暮れまであんなに長く感じるのに、さっき昼かと思ったらもう窓の外がオレンジに染まり出していた。
 何時もなら京一と一緒に図書館にいるだろう時間帯だ。


「…………」


 ごろんと寝返りを打つ。
 思い浮かぶのは、本を熱心に読んでいるときの真剣な横顔と、笑顔と――唇の、感触。柔らかかったな、なんて思ったりする自分に腹を立てて、枕をクローゼットに向かってぶん投げた。

 体を起こすと寝すぎたせいか頭が重い。枕元に置いておいた携帯を何とは無しに手にとってメールがきていたのにはじめて気づいた。倉森だった。
 受信時間から考えて、どうやら二限目の時に送ったものらしい。


『編入生が来てるぞ』


 その短い文面を見て、思わず「うわ」と声に出していた。
 京一は今日はちゃんと授業に出たらしい。それは良いことだ。いくら頭が良いからってあんな所にずっといるのは健康にも良くない。
 でもわざわざそれを知らせてくるのはどうなんだ。

 …京一が来ているから、お前も来いってことなんだろうか。

 生憎、もう授業は終わっている。


 携帯を枕元に置いて、再び寝転がった。


 …このままじゃいけないのはわかってる。
 京一に酷いことをした。それをきちんと謝らなくちゃいけないし、この気持ちも、伝えてしまわないといけない。…冗談であんな事をしたわけじゃないんだから。
 お前の顔なんて見たくもないって言われたとしても、それだけは、伝えないと。


「…京一」


 好きだ。
 好き、なんだ。

 いつの間にかこの気持ちは、俺が制御できない程に大きく膨れ上がってしまったようだ。《好き》なんて一言で表せないほどの好意を、俺は君に抱いている。


「…愛してる」


 この気持ちをどうやって彼に伝えよう。
 彼を前にして俺はまともに言葉に出来るのだろうか。
 きちんと、伝えることが出来るだろうか。

 …明日は本当に、ちゃんと学校に行こう。
 そうしないと何も始まらない。




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bkm
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