12

 たった一つの選択の間違いで、俺の日常は変わってしまった。
 まるでどこかのギャルゲーみたいじゃないか。

 鉄臭い。
 口の中も、腕も。

 どうやら舌を思いっ切り噛まれた挙げ句に、腕に爪を立てられたようだ。シャツから覗く俺の腕には酷い引っ掻き傷が出来ていた。
 誰に言うでもなく「ゴメン」と呟く。もう何度目だろうか。どう考えても悪いのは俺だ。それに…俺を拒絶したあの様子から見て、完璧に嫌われた。そりゃそうだ。突然キスなんて、気持ち悪いよな。告白とか、色々すっ飛ばしてるし。
 自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 ので、目の前に寝転がっている笹木の腹を思いっ切り踏んでやった。


 ちょっとヤバそうな声が出たけど、…倉森だし、問題ないだろう。
 ぐったりする倉森に笹木がわざとらしく「笹木…? う、嘘だろッ…、笹木ィー!!」なんて叫び、ガバッと抱き着いた。


「…暑苦しいんだよ、お前ら」


 不機嫌です。
 というオーラを全身から出しつつ呟けば、小さくスンマセンと返ってきた。
 京一から逃げた俺は、真っ直ぐに倉森の部屋に向かった。一人では居たくなかったのだ。こんな、気持ち悪い気分のまま。
 相変わらず胸の中はぐちゃぐちゃだ。けれど、微かに残る京一の唇の感触を思い出せば、少しだけその気持ち悪さが和らぐ気がした。


 衝動的だった。
 誰にも渡したくないと思った。

 あんまりにも、好きすぎて。


「淳はさ、これからどうすんだよ」


「昼間の件、もうクラス中に広がっちまったぜ?」


「俺らで口止めしてっけど、いつ他の学年にまで広がるかわかんねぇ」


「良いよ、広めてやればさ」


 それで、京一が俺のだって、皆が知れば良い。そうしたら、彼は俺だけのものになる。


「編入生の気持ちは無視かよ。…お前らしくねぇ」


「淳、何かあったのか?」


 何か?
 あったさ。あったんだよ。

 ソファーの上で膝を抱えて、クッションに顔を埋める。そのクッションから京一の匂いはしない。当然だ。だって俺のなんだから。
 もう、京一の作った弁当も食べれないな。
 一緒に遅くまで図書館に残ることもできない。
 一心不乱に活字を追う姿を眺める事も。


「――大助は京一の事が好きなんだってさ」


 間宮さんより、ずっと、ずっと。
 それに気付いたのは、京一と俺が一緒に弁当を食べているという話しを笹木達に聞いた時だったらしい。間宮さんと一緒に居ても、何か奇妙なズレを感じていて、その正体が大助にはわからなかった。
 日常に物足りなさを感じていた。
 京一が足りないんだと気付いてから、どうしようもなく恋しくなって、でもずっと京一は教室に姿を現さなくて。

 それで、俺へのあの質問だ。

 ――京ちゃん、…最近どうしとるん?


 もっと早く気付くべきだった。
 大助ももしかしたら京一を好きだっていう可能性だって、無いわけじゃなかったのに。間宮さんの存在で、すっかり失念していた。


「京一も、きっと大助が好きだ」


 言っていて、泣きたくなる。
 …だって、そこに俺の入る余地なんて、きっとないのだから。


「京一に嫌われちゃった」


 その事実に、涙が溢れた。




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