その日以来、俺は昼食を京一と食べるようになった。笹木達には一応言っておいたのだが、その際にとてつもなく気持ち悪い笑顔を返されたのは、忘れたい。
 京一は何時もの場所で、何をするわけでもなくただクッションに埋もれて俺を待っていた。俺の気のせいでなければ、クッションの数は日を増す毎に増えている…。今日は愛くるしいイルカのクッションが仲間入りしていた。


「米川」


 本棚から顔を覗かせれば、京一は安心したように口元を綻ばせる。出会った当初より、幾分か表情が柔らかくなったな。しかし、まだまだ。顔を見て口元が緩むのは条件反射みたいな物なのかもしれないし。
 その一回を除いてしまえばその日のうちに表情らしい表情を見られないこともある。

 何時もの特等席につくと、新入りのイルカちゃんを抱き抱えた。案外大きい。クッションと言うより、抱きまくらのようにも見えるのだが、ついていたタグにはしっかりとイルカクッションと明記されていた。


「また増えたなー。コレ、どうしたの?」


「…部屋の前に山積みされてるんだ、毎日」


 部屋にはまだまだ沢山の縫いぐるみやらクッションやら抱き枕があるそうだ。恐らく、京一大好き! なクラスメイトか誰かが置いて行っているのだろう。いっそのこと親衛隊でも作られてしまった方がまだいいかもしれないな、と考える。この前は机の中に手紙が鮨詰めになってたし。
 捨てることも出来なくて紙袋にそれを押し込めている姿は、何だか見ていてウズウズした。…色んな意味で。


「…流石に、置くところが無くなってな」


 そりゃそうでしょうよ…。
 京一は淡々と、俺から好評だった煮物を紙皿に取り分けて、差し出す。イルカちゃんを脇に退けてから俺は手を合わせた。
 ジャガ芋を、一口。


「ん、旨い」


「そうか」


 満足そうに頷いて、彼も食事を開始した。
 それにしても、此処すっかり京一の住家になってるよな。そのうち布団とか持ってきそうだ。


「そういえばさ、もうすぐ夏休みだけど何か予定有る? 実家に帰るとか…」


 炊き込みご飯を箸の先で突きながら問いかけると、京一は口の中の物を嚥下してからゆっくりと、しかしやけにはっきりと首を振って見せた。


「実家には帰らない」


「そうなの?」


「面倒」


 そう言って卵焼きをパクリ。


「じゃあさ、俺とでかけない?」


 口をもぐもぐさせたまま、不思議そうな視線が飛んできた。さらさらな髪が、首を傾けたことで頬にかかる。その姿に、不覚にもどきりとした。


「笹木とか、俺の友達も誘うからさ。皆で、一緒に。きっと」


 きっと楽しいよ。

 彼は少し考える素振りを見せたが、卵焼きを飲み込むと案外あっさりと頷いた。


「……あまり、遠くないのなら」


「じゃあ、決まりな。楽しみにしてろよ」


 笑いかけると、京一はこくんと一度頷いただけで、すぐに食事に戻ってしまった。

 さぁ、何処に出掛けよう?




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