無頓着な彼に制裁を
「…おかえり」

「…なんだ、いたのか」

なんだ、いたのか、だと…?

突き放すような言い方に思わず口角がひきつったけれど、外の寒さに震える彼はそんな私には気づかなかったようだ。

時刻は日付もかわる間際の、冬も深まった夜のことだった。




大学生になり、お互い東京の違う大学に進学して、お互いの大学からもそれなりに近いところにそれぞれ家を借りて住んでいる私たち。知り合ったのは中学で、高校の時付き合って、今に至る。

さすがに毎年共に過ごしているんだから、私が今日ここにいる意味くらい良い加減わかって欲しいんだけれど。
相変わらずのバレー馬鹿具合にほとほと呆れる。そんなんだから惚れたというのも否めないのだが。

「寒かったでしょ、スープ入れようか」

「おー、あとでもらうわ」

そう言いながら、飛雄はさっさとアウターを寝室にかけて、洗面所に手洗いうがいをしに行く。私はキッチンに入って、コンロにおいたままだったスープ入りのお鍋にもう一度火を通す。

大学生になり、飛雄もバレーに支障がない程度にアルバイトを始めた。シフトに融通が効いて家から近く、まかないがもらえるから、という理由で駅前の居酒屋に決めたらしい。人と接することと指を大切にすることを天秤にかけて、苦渋の判断でホール業務をやっている。無表情で。
対する私は大学ではゆるゆるのバレーボールサークルに入っているだけなので、バイトはやり放題。今はケーキ屋と塾講師を掛け持ちしている。

今日のバイトはケーキ屋だったので、店長に前々から頼んでいた5号サイズのバースデーケーキを調達し、冷蔵庫に控えさせている。あの様子じゃおそらく自分の誕生日なんてまるで気にしていないのだろう。驚いた顔が目に浮かぶようで、私は一人ほくそ笑んだ。

随分とお疲れなのか、いつにもまして不機嫌の様子な彼だが、これを見ればきっと笑顔になってくれることだろう。笑顔なんてたまにしか見せてくれないけれど。

「で?いきなりどうしたんだよ」

「へ?ああ、」

「あのさ、俺今日部活の後すぐバイトだったから疲れてんだ。悪いけど帰ってもらってもいいか?明日も部活だし…あーでももう時間遅いか、送る…のもちょっとあれだし、んー、ベッド使って良いから。俺シャワー浴びてコタツで寝るわ」
「え、は!?ちょっと待ってよ」

さも邪魔者であるかのように扱われ、付き合っているのに共に寝るという選択肢すらも提示することなく、飛雄はさっさと浴室に引っ込んでしまった。

疲れている様子なのは分かっていたけれど。ここ最近妙にバイトを詰めているから、日に日に疲弊していくのが目に見えてわかる。そんなことをしていて部活に支障はないのか。
私がなぜ今日こうして遅くまで飛雄の帰りを待っていたのかもまるで分かっていないという様子に、最初こそあいつらしいと笑っていたのだがだんだんムカついてきた。

ただでさえ疲れているくせに、私にベッドを使わせて自分はコタツで寝るという、いつの間に覚えたのかも分からないレディーファーストにも、ときめきを通り越していっそ腹が立つ。

聞こえてきた勢いのあるシャワー音に紛れて、私は馬鹿野郎、と呟いた。

今日は飛雄も機嫌が悪いようだし、私もだんだん胸糞悪くなってきたので、もう出直すことにする。夜にまた連絡して、会えそうなら会って、プレゼントもその時に渡そう。うん、そうしよう。今風呂上がりの飛雄を見たら喧嘩になりそうだ。


そうと決まるが早いか、私は飛雄がシャワーを終える前にさっさとコートを羽織って飛雄の部屋を後にした。


あーあ、今頃飛雄にケーキ披露してアーンでもしてやろうと思っていたのに。店長が特別に作ってくれたバレーボールを象った砂糖菓子を想ってハァ、とため息をつくと、白い息が夜空に溶けていった。ああ、今日冬至か。どうりで冷え込むわけである。
冷蔵庫にケーキを入れっぱなしにしてでてきたことを思い出して、少し慌てて、まあ良いか、と思考を投げた。
もう終電はないが、私の家までは電車を使わずとも歩いて20分。バイト終わりだったので自転車は無いが、帰れない距離ではない。

冷える空気のせいで、小さな鼻息すらも白くその姿を見せていて、なんだか面白かった。その頃には飛雄の部屋で感じていたムカつきもスッキリしていて、むしろ明日の夜はどうやって押しかけてやろうか、と考えを巡らせていた。その時に先ほどのことはばっちり謝らせてやろう。
飛雄のデリカシーのない性格や、まっすぐすぎるが故の不器用な性格は、時に人を苛立たせることがあるけれど、その点私は数歩歩けば嫌なことは全て忘れるという便利な脳みそを持っているので、飛雄に合っていると影ながら自負しているのだ。




「名前!!!!」

「…?」

後ろから聞こえた叫び声に、まさか、と思いながらも振り向くと、そこにはスウェットにダウンジャケットを羽織って全力疾走でこちらに走ってくる飛雄がいた。


「え、どうしたの?私なにか忘れ物して、た…!?」

近づいてきても飛雄のスピードは緩まらず、その勢いのままで飛雄は私を抱きしめた。ダウンジャケットの表面がひんやりしていて寒いのに、私は振り払う気にはならなかった。

「…ごめん」

「なんで。疲れてたんでしょ?コタツなんかで寝て風邪引いて欲しくないから帰っただけだよ。怒ってないよ」

「誕生日…忘れてた…ケーキ見て、思い出して…」

「ふふ、だと思ったよ。明日また出直そうと思ってたのに」

「今からうち、来てくれませんか…」

「ちゃんと飛雄くんがベッドで寝るならね」

「できれば、一緒に…寝て欲しい、デス」

クスリと笑うと、頬に当たる飛雄の髪がまだ濡れていることに気づいた。

「ケーキ見つけて走って来たの?髪も乾かさずに」

「んぬん…」

いつも風呂上がりに髪を自然乾燥で済まそうとする飛雄にいつも私が怒るから、飛雄はバツが悪そうに視線をそらした。

「仕方ないなあ。はやく帰ろう。ケーキ食べよう」

そう言うと、飛雄は嬉しそうに頬を緩ませてこくりと頷いた。








(クリスマス編に続く!)


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