坊主と私
クラスメイトとね、
上手くいっていないの。


厳しくも過保護な私の祖母だ。そんなことを言っては校長室に殴り込みに行きかねない。
そんなことは小学生の私でも理解できるものだった。

だから溜め込んだ。
しかし溜め込んでばかりでは爆発してしまうから、私は次に捌け口を求めた。

そうして見つけた憩いの場所。
近所の山の中を流れる小さな川。
靴をぬいで足をさらし、ひんやりとした快感に浸りながら流れる時をゆったり過ごすのだ。

昔母が歌ってくれた歌−−もう歌詞は忘れてしまったが−−を口ずさんで、ワンコーラス。気分が乗ってきたら裸足のまま好き勝手に踊ってみる。メロディはいつだって頭に流れ続けている。
時折やってくる動物に挨拶して、特に晴れた日はそのままうたた寝。なんと贅沢なことか!



と、まあそんなことをしていたあるの月曜日のあさ。

わたしの上履きが泥だらけになって、自分の机の上に転がされていたことがあった。
どこからかクスクスと性格の悪い笑い声が聞こえる。

初めてのことで内心驚きはしたが、これに対して大きな反応をしてはいけない、相手の思うツボだと脳に命令を出し、目から零れかけた塩水は引っ込めた。
泥だらけの上靴はわたしの手に握られたままだ。

そこによく知らない男子が数名近づいてくる。
「そんなんやったやつ誰やねん!」「苗字さん、大丈夫か?俺が犯人みつけたるな!」などなど。
いい格好をしようとしたのか笑顔で寄ってくるが、誰もきたないこの上履きに触れようとはしてこなかった。

そして、クスクスと笑っていたその声達が舌打ちに変わったことを察して、同時にこの嫌がらせの原因も理解した。

「心配してくれてありがとうね。大丈夫やけど、なんや気分悪いし今日は帰るわ」

クラスに溶け込むために努力した京都弁が、いつのまにか染み付いていることに悔しさを覚えた。
こんな奴らのために生まれ持った言葉を捨てたのか。

そのままランドセルを背負って教室をでて、いきついたのは例の山。

冬も近づいてきたこの時期だ。川で上履きを洗うも、冷たさが邪魔をして手がかじかむ。
虚しさとともに、先程は引っ込めた涙が溢れてきた。

「…なにやってんのやろ」

「ほんまやで、こんな冷たい冬の川で洗濯かいな」

突然後ろから聞こえた声に、慌てて後ろを振り向くと、一人のお坊さんが立っていた。

後に知ることになる。この山は明蛇宗の総本山だったのだ。

「…だれ」

「私か?私はここの近くのお寺で坊主しとる者や。
君最近ようこの辺来とったやろ?」

まさか誰かに見られていたとは。

よもやあの即興ダンスが見られていたなんてことはあるまいな。という考えが頭をよぎって、こっぱずかしさから目の前の坊主から目をそらした。

「邪魔だから山から出ていけって言うんですか」

「うーん、ああ、ちょっとここで待っといてくれるか?」

「は?」

言い残すと坊主はせかせかと何処かへ行ってしまった。
なんにしても、わざわざ見知らぬ娘に声をかけてきたのだから、その意図は良い加減出ていけということで間違いはないだろう。
ああ、また居場所を失ってしまった。いや、そもそも居場所なんて元よりあったんだろうか。

祖母は過保護ではあるくせに私に祓魔師になれ、とよくわからない知識ばかりを詰め込んでくるものだから最近少し怖い。

家も学校も、ここもだめなら、私はどこに行けば良いんだろう。

ふと、いつかに私をかっこいいと褒めて、元気付けてくれた垂れ目の少年を思い出した。名乗っていた気がしないでもないが、どうにも思い出せない。
あれ以来話したこともないのだから当然か。


少ししてから、坊主はまた戻ってきた。なにやら布製の袋を抱えて。

「いやー待たせてもうて堪忍なあ。

えーと、そういえば君は何ちゃんやったかいな」

「…苗字。苗字名前です」

「名前ちゃんか。ほな名前ちゃん、これ履いてみい」

坊主はそう言って、袋から少し薄汚れた上履きを取り出して私に差し出した。もちろん、泥だらけの私のそれとは比較にならないほど綺麗だ。

「…どうして?」

「うちなあ、子供多いもんやからこういうのんが捨てられんと納戸に置きっ放しなんや。せっかくやからもろてくれへんやろか?
あんまり綺麗なもんやのうて申し訳ないけども」

踵の部分には、やや稚拙な文字で“志摩”と書いてある。しま、で読み方はあっているだろうか。しま。どこかで聞いたことがあるような、ないような。

「…こんなの、もらっていいんですか…?
家族のものなら、大事なんじゃ」

私に家族はいないけれど。きっと親っていうのはイベントごとに思い出の品なるものをつくって、それを嬉しそうにとっておくようなモノなのだろうと思っていた。


すると坊主は声を出して笑った。

「こんなん一個一個置いてもうてたらかなわんわ!

それよりも誰かにあげて使てもらえる方がよっぽどええ」

「ふぅん…」

申し訳ないながらも履いた上履きは少し大きかったが、歩く分には申し分なかった。

「なんとかいけそやなあ。ほなこれもらったってくれるか?」

「おじさんがいいなら、貰います。ありがとうございます」

そう言って頭を下げると、坊主は満足そうな笑みを浮かべて私の頭を撫でた。


「私は勝呂。勝呂達磨や。また来たくなったらいつでもここにおいで。名前ちゃんさえ良かったらお話でもしよか」


それが、私の達磨との出会いであった。


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