「っはああああああ!」
濃い一日目が終わった。
ぼすっとベッドに倒れこむ。
シュラに貰った自室の鍵から入った部屋だ。時間は午後7時。
「ここ何処なんだろう…この建物随分古びてる。他に人がいない訳じゃないみたいだけど…玄関開いてたし。
おばけくらいならどうにでもなるけど、いかんせんこういうボロ屋敷には虫ってものが付き物で…あー、やだなぁ」
場所を早いうちに把握して、万が一に備えて鍵に頼らずとも需要なスポットにはたどり着ける様にしておくべきだ。
「もう夜も遅いし、人少ないよね」
茜は名残惜しそうにベッドから起き上がる。
「紅の椛によく似た麗しい金糸雀、
凛と咲く百合に負けずとも劣らない氷の女豹、
今夜の主役は貴女達よ
朱歌(シュカ)
瀬々良(セゼラ)」
茜の言葉と共に、小さな古い紙二枚にそれぞれ筆で描かれた魔法円から二匹の悪魔が飛び出した。
一つは赤茶色の小さな雀。もふもふとした丸めの体から伸びた羽根をぱたぱたと忙しなくはためかせてから、茜の右肩に慣れた様に落ち着いた。
背にはオレンジ色の模様が入っている。茶色い眼を瞬かせて茜の顔を凝視した。
もう一つは垂れた紺色の長い耳と、氷のように冷え切った薄水色の体を持つ四本足の生き物。物質界の生物の中では猫が一番近いだろうが、
体毛は薄く、皮膚はきめ細やかな水色がかった白。茜を見つめる耳と同じ紺色の瞳は、何処か冷めている。
《…その呼び出しの口上、もう少しいい台詞はないのか》
「中学生の考えたお洒落な言葉ってなるとどうしてもこう、痛くなっちゃうのよねえ」
《っていうかその目!!髪!!本当に茜なの!?ってくらい変わるのね!!アタシ出てくるところ間違えたかと思ったわよ!》
「ごめんね朱歌!私もこんなに変わると思わなかったのよ。そもそもまさか変装して日本で任務だなんて…」
《…まさかこんな形で日本に戻ってくるとはな》
四本足の使い魔は窓の外に浮かぶ月をぼーっと眺めている。
「…瀬々良が何考えてるかは大体わかるわ。当たり前だけど今回はお仕事よ。京都には行きません」
《…ちっ》
《でも、もう夜でしょ?こんな時間から仕事?》
「今日はもう終わりよ。今回の仕事は長期でね。しかもワケあって貴女達は殆ど日の目をみないと思うの」
《何!?そんな意地悪を言うためにわざわざ呼び出したのか!》
「違うわよ、少しでも日本の空気を味わわせてあげようっていう計らいと、あと…」
《どしたの?》
「夜のお散歩、しましょ!ってこと!」
そう言うなり茜は瀬々良を抱きかかえ、窓を開けた。
肩に乗っていた朱歌を指の先に移動させ、乗せた腕を窓の外に突き出す。
《大きくなればいいのね?》
「さすが朱歌!話が早くて助かるわ」
《こんな私事で使い魔を使う奴なかなか居ないぞ》
「じゃあ瀬々良は戻る?」
《行かないとは言ってない!》
ここにもツンデレが1人。いや、一匹か。
朱歌は緩慢な動きで羽根を数回ゆっくりと動かしたあと、数回小さく旋回すると、人が1人乗れるくらい大きな鳥へと変化した。
《はいどうぞ!》
「ありがとう朱歌!」
茜は瀬々良を抱いたまま窓から朱歌の背中に飛び移り、斜めがけの鞄から革紐を取り出して、輪になった部分を朱歌の嘴に器用にかけ、余った部分を左手で持って手綱のようにした。
右手で窓を閉めて、
「いざ、お散歩!」
魔障にかかった事のある人間の方が少ないのだから、見られる心配はあまりない。朱歌の身体も夜空と同化して、下からでは眼を凝らさなくては見つけられない。
だから彼女らは悠々自適に夜空から正十字学園町全体を観覧した。
自分の寮から学校までの道程は把握できた。学校の場所が分かれば塾の場所も分かる。
祓魔屋の場所や理事長室等を簡単に見回ってから、満足したので寮に戻ろうと方向を戻した時、ある事に気づいた。
寮である古ぼけた建物の自分の部屋以外、1つの部屋に明かりがついている。出た時はなかったのに。
「む?あれは…
朱歌、此処で一旦アイドリングできる?」
《はーい》
目を凝らすと、窓際に2人の人物の影が見える。
茜は鞄から双眼鏡を取り出して人物を特定しようとした。
《お前の鞄からはなんでも出てくるな》
《茜、もう少し近づけようか?》
「瀬々良うるさい。朱歌、このままで大丈夫よ。ありがと」
双眼鏡の向こう側に見えたのは、
「あー…
だから私はあんなボロい寮に入れられたのね…」
元気に話をする仲の良い双子の兄弟の姿だった。