教室に入った瞬間、部屋の荒れ具合に最初に驚くのはやはり誰でも当たり前らしい。

今しがた入って来た少年も、恐らく5年前の私も、きっと同じ事を思ったんだろうな。
可愛らしい小型犬を連れて丁度真ん中辺りの席に座った男の子。

彼が今回のターゲット、奥村燐だ。
話しかけようか迷って居た時、丁度背を向けていた扉が開いた。

「はーい静かに」


あぁ、懐かしい声だ。本当に講師になっていたのね。

ゆっくり振り返ると、そこには大量の銃弾を腰にぶら下げた、懐かしき友が居た。

「(成長期って凄いな、すごく大人っぽくなってる…

こりゃモテるだろうな)」

「はじめまして
対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」

にこっと笑う彼はすごく優しそうだが、どこか緊張も見て取れる。

すると左の方に座っていた奥村燐がひどく驚いた様子で声をあげた。

「ゆきお????」

「はい雪男です
どうかしましたか?」

「や…どど どうしましたかじゃねーだろ!
お前がどうしましたの!?」

「僕はどうもしてませんよ
授業中なので静かにしてくださいね」

依然としてにこやかに言葉を並べる雪男と、クエスチョンマークを出し続ける奥村燐。

「(奥村燐は弟が祓魔師であることを知らなかったのね…)」

二年前の彼との会話を思い出す。






「いくらお父様が素晴らしい方だからって、そんなに幼い時からどうして祓魔師になろうと思ったの?」

「…僕は、兄を守りたいんです」

「雪男にはお兄さんが居るの?」

「はい。病弱な僕をいつも助けてくれる、強い兄です。そんな兄を、僕は祓魔師になって守るんです」

「…ふーーん…そういう真っ直ぐな意思を持つ男の子って、カッコイイね」

「カッコ、え!?」

照れながらも綺麗に澄んだあの目は、この兄を守るためのものだったということか。
あの時は兄がまさかサタンの息子だとは思わなかったが、今なら納得できる。そして自分が祓魔師であることを兄、奥村燐に話さなかった恐らくの理由も、今、分かった。


「(お互いを思いやる優しい兄弟なのね)」

茜は魔障の儀式の準備をする雪男と、その目の前で吠えまくる燐を眺めた。

すると、

ガチャン

試験管が音を立てて床に落ち、割れた。

「え、うっそ」

「な、何?」

朴ちゃんが不安げな声を出す。

「血の原液を落としたみたい、二人とも立って!」

茜の声に弾かれたように席を立つ朴と出雲。

「悪魔!」

「え、どこ!?」

「そこ!!」
まだ魔障にかかっていない勝呂達は悪魔を察知できず反応できない。

出雲が茜の背中から指をさして大きな声で言った。

丁度勝呂たち三人と茜たちの間に現れた奇抜な形をしたなんとも奇妙なソレは、下品な鳴き声をあげてこちらに向かって来た。

「やばっ…」

殺らないと殺られる!
でもこんな初っ端で身を明かすわけには…っ

視界の端で銃を装填する雪男が見えた。

「(…雪男、ちゃんと仕事しなさいよ!)」

小鬼に背を向けて朴と出雲をかばう形で2人を抱きしめた。

「きゃあッ」

そしてすぐ後ろまで迫っていた小鬼が、雪男の銃によって床に叩きつけられた。

「教室の外に避難して!」

雪男は一人でこの場を収束させるらしい。
茜は迷った。
一人で本当に片付けられるのか。それから、奥村燐が部屋を出る気が全く無いように見える。彼が残ることで悪魔を片付ける足枷になるんじゃないか。

手を貸すべきでは無いのか。

「ナジカちゃん、行かないの…?」

朴の声でハッと我に返る。

「あ、えっと…」

残るか否か。

ドンッ

「痛っ、あ…」

後ろからぶつかって来たのはフードを被った生徒…シュラさんだった。
オーラが早く出ろ、と言っている。

「すみません」

ここで正体を晒すべきではないという指示だろう。

すぐに朴ちゃんに向き直ってさっさと教室を出た。

思ったとおり、奥村兄弟だけ教室に残った。







失態だ。
一瞬とはいえ迷いを持った。
シュラさんとは関わらない。それはつまり全ての行動を自己判断できなくてはならないのだ。行くにしろ行かないにしろ、ああして迷っていてはいけないのだ。

今回の任務では、シュラさんはパートナーであってパートナーじゃない。
その自覚が足りなかった。

「ちょっとナジカ、大丈夫?顔色悪いわよ」

出雲ちゃんがこちらを覗き込んだ。

「あは、大丈夫。小さいとはいえあんなにいっぱい悪魔が出てきて、ちょっとビビっちゃっただけ」

「私も、怖かった…私は悪魔は見えないけど、先生があんなにたくさん撃っても足りないくらいたくさんいるんでしょう?怖いな…」

朴はこれから始まる訓練生としての生活に不安を抱えている様子だ。

「大丈夫よ朴。私がちゃんと守るから」

強気な笑顔で朴の肩を叩く出雲ちゃん。

…はっはーん、なるほどね。
この2人は親友である上で、出雲ちゃんの過剰な自信に引っ張られる形で朴ちゃんがここに居るって訳だ。
っていうか。

「そういや出雲ちゃん、さっき私のことナジカって呼んだね?」

「え?」

「つまり私も、出雲ちゃんのこと出雲って呼んでいいって考えていいの??」

ずいずいっと出雲ちゃんに顔を近づけてみる。
恐らくさっき私を呼び捨てにしたのはついやってしまった訳でも内心で私を下に見ている訳でもなく、試験的なものだろう。
呼び捨てにしたら怒られるだろうか、それとも何も言わずに呼び捨てを容認するだろうか。
その証拠にさっき私に大丈夫か、と声をかけてきたときわずかに頬を赤らめ緊張していた。
つまり私を呼び捨てにしたいということだろう。ということは、呼び捨てし合える程度には心を許してもらえたということか。

「(私この子に何かしたのかな…ここまで早く懐いてもらえるとは)」

「か、勝手にすれば…」

「出雲ちゃん素直じゃないなぁ」

癒したっぷりの笑顔を見せる朴に、私も笑って同意した。

「ほんとよねー」

「う、うるさいわね!」

出雲ちゃんはアレか、ツンデレ属性か。いいじゃないのツンデレ。美味しいわ。

と、そうこうしているうちに教室が静かになってきた。

声をかけてみようか。

「先生ー!
大丈夫ですかー」

声に出してみて再認識した。私これから雪男のこと先生って呼ばなきゃならないんだなあ。
なんか、面白いなぁ。


短い返事があった後に雪男が出てきて、別の教室で授業をすることになった。



楽しい任務になりそう、だけど…

肝心の奥村燐はどうなったんだろう。


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