「見ろよコレ!」
黒のパーカーを着てフードで頭をすっぽりと覆い隠したシュラは、口元だけを見せてにやりと笑った。
「まさか学園内をそれでうろつくんですか!?」
「学園っつってもアタシは塾だけだからな」
「あぁ…って、その言い方だと私は違うみたいに聞こえますけど?」
「その通り!茜は可能な限りターゲットである奥村燐に近づく為、同じクラスに入学する手筈だ」
「そんな!!それ雪男に会ったら一発でバレますよ!?私男装とか嫌ですからね!せっかくあそこの制服また着れるって喜んでたんですから、」
確かに外見的には茜の方が学生として通用する。より正確に監視する為にも私生活から監視するべきだとシュラは言うのだ。
「喜んでたのか、可愛い妹分に制服コスプレの趣味があったとは」
「そういうんじゃなくて!」
「ハッハッ!大丈夫、コスプレ好きのあんたの為にちゃんとシュラお姉様が用意してあげたから!」
ほらよ、と言ってやや投げる様に手渡されたのは小さな箱とウィッグ。
「つまり変装…」
「そう言うことだ!」
箱の中は眼鏡か何かだろうと踏んで開いてみれば、その中には二つの丸い容器。一つにはL、一つにはRという文字が掘られている。
「カラコンですか?」
「あぁ、髪色と同じ色の目の方が自然だろ?それにその赤茶色の髪と薄茶色の目、個人的にはすごく好みだけど向こうじゃ目立つからね」
「なるほど…でも私コンタクト苦手なんですけど、すぐズレるし」
「既に学園の制服とスペアのウィッグとコンタクトは向こうに用意してあるから安心しな!じゃあ詳しい説明行くぞ」
「あぁ…聞いてない…」
被りっぱなしだったフードから頭を出して、茜の前の椅子にどっかりと座った。
すると茜は仕方ない、と一度目を伏せてから椅子に座り直して真剣な表情になり、内ポケットからペンと小さなメモを取り出した。
「はい、お願いします」
「よし。えーっと、今日は正十字学園では入学式と諸説明なんだが、まぁその辺卒業生のお前には必要無いだろ?だから入学式の途中に学園に行き、人目に付かない様に早めに塾の方の教室に入っておく」
勿論鍵でな、と付け足す。
「学園理事長へご挨拶はいつ?」
「必要無い。メフィストの事だから本部から誰かしらが監察が入る事くらいどうせ予想してるだろう。アタシらはあいつの事も探るんだから、こっちからの情報は一切合切与えないさ。ましてや挨拶なんて、ね」
「了解です」
「そいで学園での普段の行動について。これから特に茜の場合は向こうでいわゆる共同生活を送るんだ。恐らくアタシらが本部の人間である事も、何かの拍子に明かさなきゃならない時が来るだろう。
下手に隠そうとして逆に怪しまれるのは勝手が悪いから、その時は隠さずカツラ取りな」
「はい」
相槌を打ちながら重要事項をメモしていく。シュラもメモが取れた事を確認しながら話を続ける。
「で、アタシ達は宿舎も違うし、塾内でも完全に赤の他人として接すること。というか、接するな」
「それは、つまり余程の必要最低限以外言葉を交わすな、ということですね」
「あぁ、更に細かく言うと、アタシは奥村燐はおろか他の生徒とも関わらないつもりだ。常に客観的な位置から見る。
そしてお前は逆に、怪しまれない程度に他の生徒に近づけ。そんで仲良くなって気を許させろ」
「詐欺師みたいで気が引けますが…まぁ仕事ですしね」
「物分かりが良くて助かるよ」
少し眉間にシワを寄せて笑うシュラは、茜の明るく優しい性格を利用するような内容に少なからず負い目を感じている様に見えた。
「向こうに着いたらアタシは人前、つまりお前の前でもフードを取らないし、誰ともコミュニケーションを取らない。良いな?」
「はい」
「これは茜の暮らす寮の鍵。
そのまま部屋に繋がるから、寮の周りやその他の設備は着いてから自分で把握してくれ」
「ありがとうございます。シュラさんが何処で寝泊まりするかはあえて聞かないでおきますね」
その他塾に繋がる鍵や祓魔屋に繋がる鍵、正門や裏門に繋がる鍵等の束を渡された。
「まぁ、そのうち分かるよ
じゃ、
行くか」
シュラが鍵の束から一つを握り、部屋の入り口の鍵穴に刺そうとした。
「えっちょっ私まだコンタクト付けてないです!2分!あーっやっぱり3分!3分だけ待ってください!」
「あ、じゃあついでにそこに置いてあるゲーム機取ってー」
「こんなの持って行くんですか!?」
「暇だしねー」
かくして、私の人生で最大の長丁場となる任務が幕を開けた。