燐の特訓はシュラさんと交代で見ていた。のだが、交代というのも名前だけで、屋根の上がお気に召したらしいシュラさんは「今日は私が見てやろう」と偉そうに言ってはお昼から屋根でごろごろとしているようだ。
そうして私の修行監督という仕事は午前の二時間だけで終わりを告げた。
燐は私に恋人ができたことを詳しく聞きたいようだったけど、結局話さずじまいだった。
「茜先生」
「出雲!どうしたの?京都観光連れてってあげようか」
私服の出雲は少し息を切らしていて、恐らく私を探していたのだろう。
「あの…志摩にきいたんだけど」
やっぱり。あの単純な金造が恋人ができたことを隠せるわけがないから、恐らくここの人達の大半がもう知っているだろう。
「金造のことね?」
「私その人の顔知らないからなんとも言えないけど…なんか、志摩が随分落ち込んでたわよ。そんなに変な人なの?」
「いい男よ?まあお似合いではないかもしれないけど」
「ふーん」
いかにも興味なさそうな返事だが、少しそわそわしているのは明らか。女子高生だもんね、やっぱ恋愛ごとにも興味が出てくるか。
「私としては勝呂くんなんて結構お似合いだと思うけど?」
「は、はぁ!?ふざけないでよっ誰があんな奴!!!!」
おー、思った通りの返事。
あは、と笑ったが、私は半分ふざけ、半分真面目だ。
2人とも勉強熱心で真面目だし、勝呂くんは誠実で男らしく、出雲はなんだかんだ優しく可愛らしい。お互い不器用なところがあるから進展は難しいかもしれないけれど。
「じゃあ廉造くん?」
「あんなタラシ論外よっ論外!!こないだだって朴を口説いてて…」
茜先生だってあいつがどれだけ不真面目な奴か知ってるでしょう!?と声を荒げる。
ふむ。でも廉造くんの優しさなら頑なな出雲とも上手くやっていけそうだと思ったんだけど…。
「じゃあ燐」
「あんなのただの無鉄砲なバカじゃない!そりゃあたまに優しいところはあるのは認めるけど…と、とにかくあいつも駄目!」
なるほど、燐が一番脈アリか。
ふーん?とにやけることも隠さずに相槌を打つと、出雲はキッとこちらを睨んで、なによ、と低めの声を出した。
「私と金造が今こうして恋人同士でいられるのは、丁度私が今の出雲と同じ年の時にお互いが恋をしたからなのよ。だから出雲も正十字で素敵な恋ができたらなあ、と思ってね」
「…恋なんてしてる暇あったら勉強でもするわよ」
ぼそぼそとそう言ったが、嘘なことくらいすぐに分かる。この不器用な少女も早く素敵な恋ができるといいんだけれど。
そうこうしていると、後ろから声をかけられた。
「樋口さん」
勝呂くんのお母さんだ。少し困惑している様子が見て取れる。
「女将さん、どうされましたか?」
「おやすみ中やのにごめんね。なんや樋口さんに会いたいて言うてはる方が来とるのですけど」
「私に、会いたい…?」
「白髪で背の小さい、和服のお婆さんやねんけど、心当たりあらはりますやろか」
「……」
思わず私は頭を抱えた。
「私の、祖母です…」
そう言ったところで、京都に来てから姿を見ていなかった瀬々良が祖母の元へ行っていた事実に気づいた。
ああ、胃が痛くなってきたわ…。