朝日の柔らかいまぶしさに、緩やかに意識が戻った。
畳のイグサの匂いに、京都にきていたことを思い出す。目を開ければ金髪。
ああ、そうだ
酔いつぶれたコイツを見てるうちに私も寝てしまったのだ。
浴衣に着替えてはいるが、昨日は入浴していない。
「寝汗かいた…」
目の前で私に抱きつきながらまだ眠りこける金造は素直に愛おしいが、私は体に感じる不潔な感覚に身をよじらずにはいられなかった。
起こさないように部屋から出て、まだ一度も寝たことのない自室に戻った。
部屋は広く、シュラさんと二人部屋だ。
彼女もぐーすかといびきをかいて寝ており、私が昨夜戻らなかったことについては勝手に自己完結したのだろうと思われた。
もっともその自己完結はあながち間違ってはいないが。
旅行用の大きなトランクからカッターシャツとタイトスカート、それから下着類と入浴セットを用意して、部屋に用意されてあるシャワールームに向かった。
時刻はまだ6時を過ぎたあたりなので急ぐことはない。
肌にあたる水が、昨日のことを反芻するように思い出させた。
「なんか、夢みたいね…」
つぶやいた声はシャワーの音に負けて自分でも聞き取りにくい小ささだったが、決して短くない何年か分の恋がやっと実ったのだと頭に理解させた。
理解はできてもまだ実感は湧かない。いつ湧くのかも微妙な話だ。
シャワールームを出て衣類に身を通して身なりを整えた。
マナーの範疇での薄化粧を施して鏡を見ると、心なしか昨日よりいい女に見える。
化粧は昨日よりも薄いくらいなのだが。
「シュラさん朝ですよ、起きてください」
「んぁ〜?…お、朝帰りかこの不良娘がぁ〜」
「シュラさんに不良なんて言われる筋合いありません!朝食の時間あるんですから早くしてくださいな。今日は一日燐の修行なんでしょう?」
「あーそうだったそうだった」
むくりと起きながら言う彼女は、おもむろに浴衣を脱いで着替え始めた。
着替えている間に目も醒めたのか、にやりといつもの顔でこちらを見た。
「で?昨夜はキンゾーくんと無事ゴールイン?そんでベッドインで朝帰りかこのエロ娘が」
「シュラさんが無理やり追い出してくださったお陰で気持ちは重なりましたが、ベッ…っと…その、そういうのにはなっていません」
「ま、無事に恋人同士にはなりました、と」
「はい、まぁ…」
シュラさんにこうしてからかわれるのは分かり切っていたので諦めて素直に応じる。この人には感謝もしてるし。
シュラさんはジャケットを羽織り私の頭をポン、と叩いた。
「幸せにしてもらえよ」
「…」
…思いの外あっさり。もっとくどくどニヤニヤからかわれると身構えていたのに、彼女の言葉は妙に落ち着いて、なんというか、歳上のお姉さんみたいだ。いやまあ実際に歳上なんだけど。
部屋から出て行く彼女はもういつも通りで、ふらふらと口笛を吹いている。
慌てて私もジャケットを羽織り、その背中を追いかけた。
食堂に入ると、燐と廉造くん、それから金造と柔造さんがいた。
こうして見ると三人はよく似ている。
「ムム!?」
シュラさんは、私の横でわざとらしい声を出した。それからするすると燐たちの元へ近づいていく。
廉造くんが燐をプールに誘っているのは離れていても聞き取れた。そこにシュラさんが入っていくので私も便乗する。
「それってアタシもお誘いあるのかにゃ〜」
「シュラさんが行くなら私も行っちゃおうかしら!」
シュラさんが持ち上げた燐の頭にポン、と手を乗せておはよう、と声をかける。
「わわわわッ
シュラに茜も!」
志摩三兄弟におはようございます、と挨拶すると、凄まじい勢いを誇っていた金造の箸のスピードが弱まった。
「燐 お前修行≠ヘ?
昨日はやったのか?」
「いや…昨日は途中から記憶が…」
「お主たるんどるぞ!」
口ごもる燐の服の首を引っ掴んだシュラさんは、そのまま服を燐の頭の上にギュッとずり上げた。
「いや 多分記憶ないの先生が飲みもん 酒と間違えたせいですよ」
「……」
「もしかして廉造くんも飲んじゃった?」
「俺は奥村くん見て嫌な予感したんで飲まんかったんです」
廉造くんのその口ぶりから、昨日の夕食も燐と共にしていたことを思わせ、そっかー、と相槌を打ちつつ内心で安心した。
「た…ったくそれもこれも修行が足りんせいだぞ!」
苦し紛れのシュラさんの怒号に自然とわたしと廉造くんがツッコミを入れた。
「うわ強引!」
「回収しなかったあなたのミスでしょうに」
「今日はみっちり鍛えてやる!!!」
「え…俺プール…」
俄に抗議の色を示した燐に、シュラさんが耳元に顔を寄せた。
「お前ってプールで遊んでる場合なの?」
「……場合じゃない…」
自分の置かれた状況をすぐに思い返して燐はしょんぼりと眉をさげた。
「悪りィ志摩!ダメだった
今度また絶対な…」
「ええよー」
シュラさんはそのまま燐を連れて修行に向かうようだ。私も後に続いて歩きだすと、シュラさんがくるりとこちらを向いた。
「茜はこっちで朝飯食ってからおにぎり3つ握って来い!」
「シュラさんはこちらで朝食は取らないんですか?」
「アタシは良いやー。あんたはこっちで食べな、そんでダーリンといちゃつきやがれ」
ばちこーん、とウインクを決めた彼女は某顔の無いジブリ状態の燐と共に部屋を出て行った。
「…まったくあの人は…!」
ハァ、とかるく溜め息を吐いて、私は失礼します、と一言告げて柔造さんのとなりに座った。
「こっちでええんか?」
「金造の隣ではご飯粒が飛んできますから」
にこやかに言うと、金造がこちらを見た。ニコッと笑いかけると目を逸らされた。照れてることくらい分かるのだが、良い気はしない。
「茜先生さっき聞こえてんけどダーリンって何のこと!?まさか柔兄!?」
「お、そう見えるか!」
知っている癖に否定せず笑う柔造さんに、
「柔造さんは素敵な方ですしねぇ」
とおどけて乗っかる。斜め前の金造がブフッと味噌汁を吹いた。
「えー!?ウソやろ!?」
「廉造くんのお義姉さんになる日も近いわね」
これはまぁ嘘ではない。
「そんな…っ茜先生は俺が幸せにしたかったんに…」
安定のタラシと騙され具合にくすくすと笑った。
隣で大きく笑う柔造さんに、
「その時はよろしくお願いしますねお義兄さま」
と言うと、楽しみにしとるわ!とまた笑った。
「え?お義兄さまなん?どういうこと…え、まさか、え!?」
柔造さんと私を見てから、既に食後のお茶に手を伸ばす金造を見た。
「ダーリンって、まさか金兄!?嘘や!」
「嘘ちゃうわボケ!」
噛み付くような金造の声に柔造さんはまた笑う。
楽しい兄弟だわ。
「なんでよりによって金兄!?俺の方が断然ええ男やろ!」
「喧嘩売っとんのかゴルァ廉造!!」
「あら廉造くんったら、良い男かどうかなら柔造さんの方が良い男よ」
からかい調子で茶々を入れると、柔造さんは嬉しいこと言うてくれるなぁ、と言った。
これには金造もハァ!?とこちらを向いて来たがそれには構わずに、廉造くんの方を見て言った。
「残念ながら茜先生は金造くんに骨抜きなのよ、ごめんね」
「ありえへんわぁ…なんで金兄…嘘やろ…」
金造は案の定照れたようで何も言わなくなった。