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「茜ー、これ夕飯の弁当な、こっちチューハイだから」

弁当と一緒に缶を渡してきたシュラさんは、やっとお酒が飲めて嬉しいという気持ちが溢れんばかりに伝わってくる表情だ。

少し呆れるが、こっちに来てからは渋々とはいえちゃんと仕事をしているところを見ると、仕事終わりのお酒くらいは甘受すべきかとも思われた。
そのせいで酔ったシュラさんを介抱するのは私の役目だから私はお酒は飲まないのだが。
そう思いつつ弁当の上に乗った缶を手にとった。

「お酒は要りません…っていうか、これジュースですよ?」

「どぅええ!?……あっちゃー…」

驚いたシュラさんはお酒(ではなくジュース)の入っているであろう袋をガサガサとあさってから頭を抱えた。

「間違えて買って来たんですか?」

「いや…生徒達にチューハイ渡しちった」

「は!?もうなにやってるんですか!その袋貸してください、お酒回収してジュースを渡してきます」

「そんなに酒飲みたいのかよー」

「未成年がお酒飲むのが駄目だって言ってるんです!」

「大丈夫だってちょっとくらい、ほっとけほっとけ!それよりお前も今日はもう上がりだし、例のキンゾーくんに会いに行ってやれよ」

「え、」

今日一日そわそわしていたのはどうせバレているんだろうと思っていたが、ニヤニヤしているシュラさんはどこからみても私をからかっている。

「別に…同じところで仕事してるんですからそのうち会えますし…シュラさんがお酒飲むんなら介抱役が必要でしょう、お気遣いなく」

かくいう私は少し…いや結構、苛立っていた。






京都に着いた時、すぐに本部に無事到着した旨を連絡しなければならなかったのだが、その連絡よりも先に金造に連絡した。まあメールだけど。

根っからの仕事人間という自覚のある私としてはある意味、異例。
それだけ金造に会えることに対して自分自身浮かれていたと言っても否定できない。

金造のメールの返信はいつも早い。
ちなみに廉造くんも早い。

それなのにそれから全く連絡は来ず、日本支部がこの旅館に到着したことだって私が連絡せずとも本部の人間が増えたことで確実に分かっているはずなのに、未だに連絡は来ない。
忙しくて返事ができないのかもしれない、と思い、業務中は私用の携帯電話(業務用と分けてある)の電源は絶対切る私が、今日だけは切らずに一番出しやすい胸ポケットに入れていた。
今思い返せばなんたる浮かれ様。

それでも肝心の金造からの連絡はなく、私は内心イライラしていた。
結局会いたかったのは私だけなんじゃないの?
ちょっと返信するくらい別に1分もかからないじゃない。
なによ、会いたくないんじゃないの?


そんな気持ちが渦巻いて、自分の方から会いになんて行ってやるものか、と決めていた。まごうこと無き意地だ。

それでもそんな私の心を知ってか知らずか、シュラさんに私が生徒達の元に向かおうと抱えていたジュースの入った袋を奪われ、代わりにペットボトルのお茶と弁当を押し付けられるやいなや、部屋から追い出されてしまった。



シュラさんなりの気遣いなのかもしれないが、いきなり金造に会ってこい、なんて言われても何処にいるのかなんて分からないし、第一この旅館にいるのかも謎だ。


まあいいや、適当な場所でご飯食べてさっさと戻って、シュラさんに愚痴でも聞いてもらおうかな。彼女だって一人の女だし、私が金造を好きなことなんてバレてるし。いっそ愚痴の捌け口にでもなってもらおう。
なんて部下としてあるまじき考えを頭にふらふら漂わせつつ、私はロビーに向かった。

丁度2人組が向かい合わせに座る席が空いていたのでそこに腰掛ける。

こちらを見て、周りの祓魔師たちの空気が少し変わった。
いつもなら気にならないそれも、なんだか癪に触って苛立った。
若い女性祓魔師、そして一人、驕っているわけではないが多少容姿が整っている自覚もある。そうなればナンパの一人や二人来てもまあおかしくはない。
適当に否すのは慣れているし、幸運にも(これは皮肉だ)私は苛立っているので、今なら眼力で追い払える自信もある。

お弁当を開いて箸を付けた。
いつもよりスピードは速い。
さっさとこの場を去りたいのだ。


ふんっ来るなら来なさいよ、麗しく且つ慎ましやかな罵詈雑言で追っ払ってやるわ。

いっそここで大きなオナラでもかましてドン引きさせてやろうか、なんて普段なら絶対に思いつかない暴挙までが脳裏を掠めた時、頭上から影が差した。

来たわね一人目。

キッと睨みあげると、人の良さそうな笑顔とかち合った。

なんだか毒気を抜かれるこの感覚は覚えがある。
黒髪の男は「ここええですか?」と言いながら私の返事を待たずに目の前の椅子に腰掛けた。

「あんた茜ちゃんやろ?」

これがもっと下心溢れるような顔をした男なら、気安く名前でお呼びにならないでくださいませんか、とだけ残してさっさと立ち去れるのだが、この男はなんというか、優しい中に強さがあるような、芯のある雰囲気…正直、めちゃくちゃタイプだ。座って第一声が私の下の名前(しかも「ちゃん」呼び)だったのは頂けないが、なんにせよ少し荒々しく振りほどくには惜しいと感じられた。

「樋口茜です」

「ほんなら仲良くなるまでは樋口さん、て読んだ方がええですやろか」

あら。苗字呼びにあっさり変更。にしても仲良くなる前提なの?私はかなりツンとした態度で返したつもりだったが、目の前の彼は笑顔を崩さず私に話しかけた。

ああ、これは…良い男だ。
間違いなく良い男だ。


いっそ金造なんてやめてこの男と仲良くなってやろうか。まあこの人がナンパだと確定したわけじゃないけど。
浴衣姿だから階級とかは分からないが、溢れ出るデキる男オーラは上級の雰囲気を醸し出している。
私がこの人と親しくなったら金造はどう思うかな、なんて、向こうからすればただの女友達なのに妄想にも似た考えがよぎってしまう。

「好きに呼んでくださってかまいませんよ。あなたの名前は?」

「俺か?俺は志摩柔造」

「…」

シマジュウゾウ?
シマ→志摩?  ジュウゾウ→ジュウ造?

この名前のパターンの人間を私は二人知っているぞ。
この人…

「もしかして…廉造くんのお兄さんでしょうか?」

ここで金造の名前でなく廉造くんを出せたのは自分の中にまだ冷静さが残っていたからとも言える。

「はい。廉造の先生してくれてはるんですよね?お世話んなっとります」

軽く頭を下げられたのでこちらもつられるように頭を下げる。

「まだ廉造にはちゃんと会うとらんのですけど、元気にしとりますかあいつは」

「はい。子猫丸くんと一緒に勝呂くんを支えて、いつもクラスのムードメーカーにもなってくれていますよ。少し女の子好きな面が目立ちますけれど…」

「坊をちゃんと守ってくれてんのやったら良かったです」

先程までのイライラがナリを潜め、一気に教師モードに切り替わる。
改めてこの男…柔造さんを見れば、垂れた目尻やシワのよった眉間、人懐っこい笑顔は、廉造くんにも金造にも通ずるものを感じる。

良く似た兄弟だなあ。そういえばお父様も似ていらしたわ。

「まあ俺が樋口さんを知っとったんは廉造が正十字に行く前なんやけど」

「はい?」

意味を持たせるような言葉遣いに応じるように聞き返した。

「金造とお友達やろ?」

「あ…はい…」

教師モードが揺らいだ。
やば、嫌な顔になってないかな。
っていうか。


「金造…くんから、私の事をお聞きになってらっしゃったんですか?」

「おん。金造が正十字卒業して戻って来てからよう聞いたわ、えらい優秀なんやてなあ」

「私はたいした事ありませんよ、使い魔がよくやってくれるだけです」

そこまで言ってからふと瀬々良のことを思い出した。京都に着いてから何処かに行ってそのままだ。
有事の時は無理矢理呼び出せるから放ったらかしているが、あの子はどこをほっつき歩いているんだか。

「せや、俺らんとこ来えへんか?」

「へ…?」

「俺ら、言うても俺と金造だけやけど」

「えっと…」

それは…えっと…

ちょっと話して頃合いをみてシュラさんの所に戻るつもりだったというのに。今日金造に会うことになるとは思っていなかった。

いや、会ってたまるか。私は怒ってるんだから。適当に理由付けて断ろう。

「すみませんが私…って、ああ!」

目の前のお弁当をさっさと片付けられていた。握っていたはずのお箸もお弁当箱にしまわれている。

「向こうで食べたらええよ、俺持って行くわなー」

「(え、何この人強引…!!)」


こうして私は金造と再会を果たすことになる。


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