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「瀬々良、念願の京都よ」

《懐かしいな》

旅館の前まで来たところで瀬々良を出した。
私が京都に住んでいた家は、ここより少し山へ上がったところ、金剛深山の麓にある。

「仕事で来てるからあの人には会わないけど、我慢しなさいね」

《……》

瀬々良は返事をしなかったが、私は特に気にせず旅館に足を踏み入れた。

出張所の所長へ挨拶に行かなくては。



所長…志摩八百造さんへの挨拶の時、私は一言も発さなかった。
シュラさんが話している隣で彼の容態を把握しておきたかったというのもあるし、目が金造廉造によく似ていて驚いたのもある。

旅館の玄関に戻る時に、シュラさんが志摩に似てんな、とぽつりと漏らした。
もっとも彼女の言った志摩は廉造くんだろうけど。
私もそうですね、と相槌を打っておいた。


玄関に戻り、シュラさんが女将さん(綺麗な方で、やっぱり勝呂くんに似てる)にお土産を渡した。
あれだけ要らねえだろ、と言っていた癖にちゃっかり「粗品です」などと言い添えて渡す様子はなんともシュラさんらしい。

ここからは候補生とは別行動だ。

「シュラさん、燐についていなくて大丈夫でしょうか?私残りましょうか?」

医工騎士の称号は持っていないが、私には優秀な治癒の使い魔がいるので足でまといにならない自信はある。
それに原則としてシュラさんか私のどちらかが燐についていなくてはならない。

「んーにゃ、茜にも一応出張所のあれこれ把握しといて貰いたいし、今はアタシについてきな。
燐なら、まぁ…大丈夫だろ」

「…了解です」



特に反論しても無意味に感じたのでおとなしく随っておいた。
私もここに残るよりは出張所に行きたいし。





和風で風流あふれる建物は、さすが京都出張所、というにふさわしい。


「旅館からも近いですね」

祓魔師の男が言う。

「ええ 初めなんで御案内いたしました

でも普段はこの鍵で移動してください」

京都駅まで迎えにきていた土井、という祓魔師が引き続き深部の方も案内してくれていた。

ギィ、と音を立てながら開いた扉からは、暗く人を寄せ付けないような冷たい空気を放つ深部に繋がっていた。


「こちらが京都出張所「深部」になります

正十字学園の「最深部」に比べると規模は小さいですが、本来 魔法障壁の強度は「最深部」に勝るとも劣りません」


「にもかかわらず、どちらもあっさりと侵入を許す形になりましたね」

私は純粋に思ったことを口にした。
それからすぐにシュラさんも口を開いた。

「アッチでは「内部の者の犯行」だったがコッチではどういう調べになってるんだ?」

「事件に関わった全員が魔障に罹ってしもてなかなか調べが進まんのが現状です

…でも私の読みではたぶん明蛇宗≠フイザコザ絡みやないかと思てますけどね」


「明蛇宗=Hって確か
明王蛇羅尼宗≠チつー10年前に正十字騎士団に吸収された宗派だよな」

シュラさんの言葉に、土井が明蛇の説明を始めた。

「明蛇宗は他の仏教系の宗派とは違う、独自の教えを守る宗派で…
仏に祈り教えを解くだけでなく、より魔≠取り除くことに特化した祓魔師集団
京都出張所の戦闘員の半数近くが明蛇宗≠フ者です

その組織体制は世襲制で…
戦士の血、いうんですか…それを守るんが大事らしいんですわ

青い夜以降総本山が潰れてもてだいぶ小規模になってしもてますが、今も血を守る伝統が根強く残ってはるようです」

「その明蛇宗の頭首が…

座主血統の勝呂達磨大僧正


教え上は皆達磨大僧正の門徒ゆうことになってますが、この方説教するでもなし騎士団入るでもなし、奥さんの稼ぎで放蕩三昧…

大僧正とは名ばかりの生臭坊主て聞いてます」



勝呂達磨のことは知っていた。
といっても明蛇とは全く関係のないところだが。


小学生の頃、私はあまり友達がいなかった。女の子同士で馴れ合うのがそもそも性に合わなかったし、それらを否して上手に距離を取れる程大人でも無かったのだ。
そして、誰ともわからぬ人間に面白がって落書きされた上履きを、金剛深山の川で洗うのはもはや恒例だった。

「お嬢ちゃん、これあげよ」

そう言って突然声をかけてきたのが勝呂達磨だった。
差し出されたのは、綺麗ではないが、私のそれよりずっと白い上履き。

驚いて何も言えずにいる私の、川の水ですっかり冷たくなった手に上履きを握らせて、私の頭を数度撫でると彼は山奥へ歩いて行った。

それから山で顔を合わせては話をしていたのだが、小学校を卒業して中学に入ってからは友人関係に悩むこともなくなり、次第に達磨のことも記憶から薄れていた。



「(もう何年も前の話だし向こうが忘れててもおかしくないけど)」


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