26
正十字総合病院のとある個室。


「しっかし…使い魔ってのはなんでもありか」

シュラさんは、目の前を優雅に泳ぐ小さな人魚を見てはぁ、と息を吐いた。

「今回芽楼にはお世話になりました」

二日前、早朝から急患として総合病院に担ぎ込まれた私は、数時間の緊急手術を経て、全治4ヶ月とのお達しを受けた。

だがそれは私が祓魔師であるということを差し引いての判断。
私は祓魔師、もっというと手騎士。治癒に特化した使い魔だってもちろん手懐けている。
接近戦は少ないとはいえ生傷の耐えない戦闘職種なんだから、これしきのことで4ヶ月も療養なんて考えられない。

ふわふわと漂っていたその使い魔の名は芽楼[メロウ]。
15cmほどの小さな身体は丁度手のひらサイズで、私を見るなり頬を膨らませた。

《久しぶりに呼んでくれたと思ったら骨折りまくっちゃって、この芽楼様が丸一日もかけてお世話してさしあげたんだからマカロンご馳走しなさいよ!》

「マカロンで良いならいくらでも献上させていただくわ芽楼様」

おどけて下手に出ると、腕を組んで当たり前よ!と鼻を鳴らした。

「それにしたって一日で治せる傷じゃないはずなんだけどな」

シュラさんは珍しく苦笑した。

看護師さんが丁寧に巻いてくれた包帯を申し訳ないと思いながらしゅるしゅるとほどいていた私は、数度瞬きをした。

いつも豪快なシュラさんがそんな笑い方をするなんて。

「もしかして…私、心配かけましたか?」

思い上がりだったら悲しいが、ちらりと顔を見せた期待を吹っかけてみた。

「当たり前だろ。アタシよりも華奢な部下があんなバキバキ骨折って、打ち所悪かったら肺にぶっ刺さって使い魔出す前に死んでたんだぞ?」

珍しく…と言ってはいけないが、いたわるように眉を下げたシュラさんに、おとなしくすみません…と首を垂れた。

「そして、今回文字通り骨を折って頑張ってくれた茜くんに朗報である!」

ふざけるようにピシッと敬礼した彼女にはあ、と気の抜けた相槌を打った。

「京都、行くぞ!」

「…はぁ?」







春先に日本に行くぞと突然打ち出してきた事を思い出しつつ、任務の概要を聞いた。

不浄王の左目。そして右目。
京都出張所の混乱。
燐のこと。

「燐には監視役として雪男かアタシかあんたが必ずつく事になる」

「了解です」

「京都の詳しいことは向こうに行ってからだな。あたしはなんか面倒な役職なすりつけられたから忙しいかもしんないけど、茜はまだ病み上がりだし気張りすぎないようにな」

「はい…」

隣に《あたしの治療に文句あるの!?》とか《茜はもう治ってますー!》とかきゃんきゃん騒ぐ使い魔がいるおかげで、私はおとなしく返事をすることができた。
芽楼がこんなことを言ってくれなかったらきっと私がシュラさんに同じことを言って噛み付いただろう。



ヴーッヴーッヴーッ

「あ、私の携帯です」

「電話か?あたしはもう戻るし気にせず出て良いぞ」

ひらひらと手を振ったシュラさんにすみません、と言いながら携帯を手に取り、ディスプレイに表示された発信者の名前を見た。

「ぅ、うわあああ!!」

「は!?なんだ、どうしたよ茜」

「き、金造から電話…」

どうしよう気が動転して舌が回らない。早く出なきゃ、でも何喋れば、指が動かない、

「なんだ、男か?」

「そんな言い方しないでください!」

さっきはおとなしく従ったのに今度は勢いよく噛み付いた。

にやぁ、と口角を上げたシュラさんは私の手から依然としてバイブ音を鳴らし続ける携帯をさらりと奪った。

「あ!」


ピッ

「はぁーいっ!茜ちゃんでぇーす!きんぞーくんですかぁ〜?」

「きゃあああコラァァァ!!!!」

行儀悪く身を乗り出してシュラさんから携帯を奪還した。
無理に奪うつもりはなかったらしくシュラさんはあっさり返してくれた。


「ごっごめん今の気にしないで本当に気にしないで!ちょっとイタズラ好きの上司がいて!」

携帯を耳にあてた途端にまくし立てるように弁解した。

『いや…えーっと、おお、大丈夫や。
お前思ったより元気そうやな』

「へ?あっうん、おかげさまで…えっと、久しぶりだね」

『おん、久しぶり。

怪我したって聞いた。大丈夫なんか』

久しぶりの金造の声に胸が熱くなる。
廉造くんと似てるって思ってたけど、金造の方がやっぱり少し低い。

「大丈夫だよ、治癒が得意な使い魔がいるから」

怪我をしたのは恐らく廉造くんに聞いたんだろう。つまり日本に戻って来てることももちろん知ってる。
日本に、同じ国にいたのに、私は連絡一つしなかった。出来なかったなんて言えない。

黙ってたわけじゃないの、春からは潜入任務だったから話せなくて、その後はちょっと、ごたごたしてて…

だめだ、こんな言い訳言いたくない。

『もう治ったんか、早いなぁ』

金造の言葉が段々柔らかくなっていく。

「…伊達に本部で上級祓魔師名乗ってないよ、なーんて」

少し自然に笑えるくらい余裕が出たところで、シュラさんが部屋から出て行っていることに気づいた。
あの人はまったく、変なところで空気読むんだから。

『そっち、なんや大変そうやな。坊も怪我しはったて聞いた』

坊。そっか、廉造くんや子猫丸くんの坊は金造の坊でもあるのか。

「勝呂くんね、今回もすごく優秀だったわよ。詠唱成績はずば抜けてるし、努力家だし、自慢の生徒ね」

『…ほんまにお前教師しとるんやな』

「あは、まぁ成り行きで…金造はお坊さん?金髪ピン留めボーイはもう拝めないのかしら」

『まだまだバリバリ金髪じゃ。バンドもしとるで』

「あは、そっか」

そんなチャラチャラした男が仏門にいていいものなのか。時代はかわるなあ。

『…あのな、茜』

「ん?」

『あのー、卒業した時にな、言い忘れたことがあって』

「うん、」

電話の理由はこれ?
卒業の時に言い忘れたこと。私もあるよ。きっと金造のそれとは違う言葉だけど。

『出来たら、出来たらでええねんけど、会うて言いたいねん。でもウチごたごたしとってすぐには東京行けんくて』

あれ、こいつ知らないのか。
私が京都に行くのを知って掛けて来たもんだとばかり思っていたのに。

「金造、会えるよ」

『え?』

「私、京都に行くよ」

『え…は!?いや、お前仕事どないすんねん!ほったらかしてこんなとこ来たらあかんやろ!いや、俺は嬉しいで?嬉しいけど、仮にも上級祓魔師で、お前、』

この男はどれだけ家の事情から置いてけぼりにされてるんだ。
思わず苦笑する。
こういう馬鹿を相手にしたやりとりが久々で、なんだか落ち着く。

「その仕事で、京都に行くのよ」

『…ほんまか』

「だから会えるよ」

『ほんまか』

「うん」

『…はよ会いたい』

おっと。これはなかなか恥ずかしい台詞。するりと滑るように耳に流れ込んで来ただけに胸にじんわりと広がった。
すぐに「私もだよー」と返せば自然だったのに、不意打ちだったせいで照れてしまった私は妙な間を作ってしまった。
間の空いたこの段階で「私も」って返したらなんか重くならない?いや私はすごく会いたし、気持ちが重いことに代わりはないけど、なんか私の「会いたい」だけがすごく重くならない?

『あー、えーっと!じゃーあれや、会えるん、楽しみにしとるからな!』

「あ、うん!楽しみにしてる!私も!


気ー使わせたー!!!!!
あーもう、私ってば最低!

それから数度言葉を交わして、電話は切れた。
通話履歴に残る志摩金造の文字にまた胸が騒ぎ出す。

文字を指でなぞってから、一気に恥ずかしくなって布団に顔を埋めた。




ああ、

「番号、まだ変わってなかった…」


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