トレーニングルーム。
蝋燭相手に苦戦する燐を横目に、雪男はシュラに声をかけた。
「茜さんの容態はどうなんですか」
「命に別状は無いってさ。でもまだ手術中じゃないかねぇ。なんたって肋骨は右二本に左一本、右腕もやられてたらしいし」
「その場に居れれば何か助けられたかもしれなかったのに…」
雪男は今更と分かっていても悔まずにはいられなかった。
「なんたって初恋のお相手だもんなぁ?今は知らねーけど」
シュラはニシシ、とからかった。
「は!?何をいきなり、」
雪男は慌てて燐を見た。幸い蝋燭に夢中でシュラの言葉は聞こえていなかったらしい。
「ま、常人の腕をつっついて一瞬で複雑骨折させるような悪魔に数メートル殴り飛ばされたくせに、意識ハッキリさせたまんまでペット相手にしてたアタシの手助けに来たんだぜ?
いやーまったく大した部下を持ったもんだよアタシは。
まぁ、どうせ向上心旺盛な上に自分の実力の身の丈に満足してない本人は、自分は役立たずだーなんて落ち込んでんだろうけど」
「………」
シュラの表情は優しく、雪男も茜を案じつつ「そうですね」と相槌を打った。
正十字総合病院。
志摩廉造は状況を伝える為に実家に連絡を取っていた。
「あぁせや、おかん
ちょっと金兄に代わってくれへん?うん、柔兄やのうて金兄。
あ、金兄?」
『なんやねんお前ごときの分際でいちいち呼び出しよって』
「はは、相変わらずやなぁ金兄は。
いやな、ちょっと聞きたいことあって」
『あ?なんやねん』
「樋口茜さんて知っとる?」
『…は?』
「いや今な、茜先生塾で魔印教えてはんねん。金兄と仲良かったって言うてはったから金兄にも教えとこかと思って」
『…茜、めっちゃ美人やろ』
「せやなぁ。…え、なんや金兄、惚れてるん?」
『黙れお前に関係あるかいボケ!』
「な、なんやねんそない怒らんでもええやん!今回のんで一番怪我したん茜先生やねんで?」
『は!?あいつまだ無茶する癖なおってへんのか!?』
「無茶しはったわけやないけど、相手に初っ端で吹っ飛ばされて肋骨やら腕やら折らはってん。午前中はずっと手術してはったから俺も詳しいことは分からへんねんけど」
『…大丈夫なんか』
「命に別状は無いて。まだ麻酔で寝てはるから面会できんねん」
『…さよか』
「意識戻らはったら金兄に連絡したってくださいて言うといたろか?」
『余計なお世話じゃ、連絡くらい俺からするわい
あ、オカンに代わるで』
「え、ああ…あ、オカン?
代わるんはやいなぁ金兄は…
…えっほんまか?」
京都。
茜が日本におるやと?
聞いてへんぞコラ。
東京くらい日帰りで行ける。会える距離に居ったのに連絡してくれんかったんはなんでや?
まさか…
「他に男でもできたか…」
いやいやでも別に付き合うとったわけやないんやし、俺のただの片想いやし(言ってて虚しい)友達としてやったら普通に連絡くれたかてええんちゃうんか?
俺に会うつもりは別に無いとか?
なんやそれ傷つくぞ。
「くっそ…」
「なんや金造、雑草にガン垂れてどないした」
「柔兄」
「久々に例の茜ちゃん絡みか」
にや、と笑う柔兄は鋭い。
「今、正十字におるらしい」
「あー、今はここもごたごたしとるから会いに行くんは難しなあ」
会いに行きたくても行けなくて苛立っている、という風に解釈したらしい柔兄は俺に同情の笑みを向けた。
「いや、来とること、廉造にさっき聞いたんや。塾の講師しとるらしい。多分春からやろなぁ。そんだけ長いこと日本に居って茜から一個も連絡来てへん」
俺が言いたいことを柔兄は分かってくれたみたいで、あーなるほどなぁ、と声を出した。
「そんで、今回の件であいつ肋骨やら腕やら折っとるんやと」
「惚れとる女がそないなっとって何もできんで、っちゅうことか」
「二年も連絡取ってへんねん。向こうはイケメンの外人もおるんやろうし、他に男できとってもなーんもおかしないしなあ」
金兄と仲良かったって言うてはったから。
仲良かった、の一言で終わるような関係やったかなぁ。
少なくとも俺は一生こいつ以外の女は要らんってくらい好きやってんけど。
そんだけ惚れたせいで、ちょっとでも困らせたくなくて、離れたくなくて、ギクシャクしたくなくて、仲良しの男友達のポジションから抜け出せんまま、あいつは本部に引き抜かれた。
どうせ離れるんやったら告白しといたら良かった、て後悔したときはあいつはもう日本に居らんかった。
なぁ、おい。
本部でも頑張っとるらしいやんけ
。
全然連絡取ってへんけど、まだ俺の携帯に入っとる番号は使えるんか?
怪我したんやて?何しとんねん、相変わらずマヌケやなあ。
女やねんから、って言うたら怒るけど、キズもんになったらどないすんねん。
俺がもらったろか、なんて言えるわけないやろ?
なぁ、電話してええんか?