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《似てるのね》

「何が?」

膝の上に座る瀬々良はこちらを見ずに呟いた。

《志摩の弟、志摩に似てる》

「あら、金造の方が男前よ?少なくともあんな風に虫沼で泣くような醜態は晒してくれないはずだわ」


下では化灯籠相手に思考を巡らせる塾生達がいた。
鞄に常備している双眼鏡でだいたいの流れは見ている。

先程見えた青い炎はどうやらしえみを守る為のものだったようで、その後勝呂くん、廉造くんと合流、化灯籠で子猫丸くんも合流し、計5名で訓練を遂行しようとしていた。

ちなみに宝くんと出雲はさっさと終わらせてもう拠点に戻っている。

《その金造には会わないの》

「私は仕事で日本に来てるのよ、それに京都って結構遠いんだから」

《彼氏なのに?》

「か、彼氏じゃないわよ」

金造とは仲の良い友人同士で終わったのだ。
私が告白を躊躇うような小心者じゃなかったらもしかしたら関係が変わっていたかもしれなかったけど。
告白して、駄目で、関係がギクシャクするくらいなら打ち明けない方がマシだ、と言ってさっさとヴァチカンに行ってしまったのは私だ。
あれから2年。まだバンドはやってるのかしらね、あの金髪ピン留め男は。

物思いに耽った私を察した様に、瀬々良は黙って私に撫でられていた。

「おっと、無事帰還ね」

困難の末に無事拠点に戻った燐達を見て、私も拠点に向かおうと朱歌に指示した。いつアマイモンが仕掛けてくるか、気を張らなくてはならない。

そう思い姿勢を正した瞬間に、それはやってきた。


「!!」

アマイモンが拠点に入り込んだのだ。

私達はすぐに駆け付けられる距離だったが、下手をすると混乱の巻き添えを喰う可能性の高い距離でもあった。

アマイモンを後ろから仕留めてやろうかという考えが脳を掠めたが、すぐに思いとどまった。

いや、まだだ。まだ大丈夫。拠点では外部からの侵入者を排除する仕組みが作られてあるから、一度奴らが弾き飛ばされて、拠点が一旦落ち着いたところで私が行こう。

弾き飛ばされる時はアマイモンやアマイモンが連れてきた悪魔の他に化灯籠も一緒だろうから、あんな大きい石にぶつかったらたまったものじゃないしね。




そして予想どうりにアマイモンが飛ばされ、その先には余裕綽々といった風情のメフィストが居た。…ああ、気に食わない。何が嫌って、ここで喧嘩ふっかけちゃ駄目なんだもの。
仕事だし、上司が上司だから普段は大人しくしてるけど私だって本当は喧嘩っ早くて、どちらかというと雪男よりも燐に近い性格だ。


さーて、拠点に何か仕掛けられていないかチェックしておかないとな。






「ただいま戻りました」

「おーうおかえりー」

シュラさんが手をひらひらと振って私を迎えた。

「茜!」

「出雲」

出雲が緊迫した様子で近づいてくる。

「訓練お疲れ様、ちゃんと聖水かぶった?」

頭をぽん、と撫でると出雲は不安な気持ちを隠さず表情に浮かべた。

「何がどうなってるの、茜が此処に来た目的ってこれとなにか関係あるの?」

ただの候補生の訓練の範疇を大きく超えたこの出来事は彼女を一層不安にさせていた。
予想の範囲内でなら落ち着いて行動できる子だけど、今回のように突然あり得ないようなことが起きるといっきに慌てる。男の子相手には強がるし、立て直しも早いから露見していないけれど。

「大丈夫、じきに分かるよ」

テントのすぐ側でシュラさんと燐が話をしている。シュラさんが降魔剣を手に持っているところを見ると、剣を持って逃げろとでも言ってるんだろう。

「樋口先生は大丈夫ですか?それと、そこにおるのは…」

声をかけてきた勝呂くんが気にしているのは私の足元に居る瀬々良だ。朱歌は元の大きさに戻ってから拠点の魔法円に不備がないかをチェックしている。瀬々良が生徒の前に姿を表すのはこれが初めてだから、指摘されるのは道理だ。

出雲と子猫丸くんは構いたくて仕方ないけど状況と空気を読んで抑えてる、といったオーラがありありと見て取れる。たしかに四足歩行で可愛らしい容姿をしているから、動物好きにはたまらない生命体だろう。悪魔だけど。

当の瀬々良はツンとすまして私の足元に依然として立ち、誰とも視線を合わさないようにそっぽを向いている。

「私の使い魔、瀬々良[セゼラ]よ。朱歌と違って人見知りだけど良い子だから、仲良くしてあげてね」

《仲良くなんかしてくれなくていい!》

噛み付くように異論を唱えた声は生徒の皆には照れ隠し声と取られた様子で、廉造くんが「元気な子やなぁ」、と言いながら瀬々良の頭を撫でようとした。

「ぁいででで!!」

即座に瀬々良がその手に噛み付いたので叶わなかったが。

《寄るな似非志摩が!》

「ちょっと瀬々良?廉造くんも志摩よ、失礼なこと言わないの」

「も?ってどういうことですか?」

「あ」

勝呂くんに発言内容を指摘されて気づいた。
年齢を偽っていたから金造と同級生であったことも黙ったままだったのだ。

「あー、えっとね…私さ、今20歳なんだけど…廉造くんって、私と同い年のお兄さんいない?」

「…え!うっそやん、まじで!?」

「金造と友達やったんか!」

素っ頓狂な声を上げた廉造くんと一緒に勝呂くんも驚いた。隣では子猫丸くんも意外な展開に驚いているようだ。
展開が読めていないのは金造を知らない出雲。あと先程から具合の悪そうなしえみ。気になってはいるけど、まだどうしたのかを話せていない。

「俺の兄貴と茜先生がお友達やってん」

説明する廉造くんに、出雲はふぅん、とだけ相槌を打った。

隠すつもりではなかったが言い出す気もあまりなかったというのが本音。

「ってことはー、おんなじ塾生やったんやろ!?付き合うたりしとったん?」

やっぱり来た、この手の質問。だから言いにくかったのだ。

「仲は良かったって記憶してるけど、付き合ってた覚えはないわねー」

私の片想いよ、志摩ブラザー。絶対言わないけどね。

さらりと流して私はずっと気になっていたしえみに声をかけようと近づいた。

「しえみ、具合悪そうだけどどうかした?」

少し屈んで下から表情を伺おうとした途端、しえみはフイ、と私に背を向けた。


「え、」

そのままスタスタと歩いて行く。
しえみ?

「ちょっと、しえみ…、!」

しえみの後ろ姿をちゃんと見て、すぐに気づいた。首に虫か何かが入り込んでいる。

私以外にもしえみの異常に気づいた皆がしえみを引き留めようと近づいた。
シュラさんも慌てて駆け寄ってくる。

「シュラさん!しえみは虫…おそらく虫豸に寄生されてます!」

一番しえみの近くにいた私がすぐに彼女の腕を掴んだ。
丁度、2人とも魔法円の外に出たところだった。


パシッ


瞬間、視界が左に揺れた。
掴んでいなかったしえみの右手が、私の左頬を引っ叩いた。
驚いて一瞬、掴んだ手が緩む。

その一瞬をついてしえみはするりと私の手を解いた。目の前に待ってましたと言わんばかりにアマイモンが降り立つ。

アマイモンと目が合った途端、今度は彼が私の左胴を殴り飛ばした。

「ッハ…!!」

私を殺すというような目的ではなく、私達の戦力を削ぐ目的だったのだろう、驚く程遠くに、弧を描くように空中に飛ばされた。

小枝が私の身体に当たり、バキバキと折れる音がする。口の中は鉄の味。
視界からしえみや皆がどんどん小さくなって、


「っ、あぁ!」

痛みに表情も歪んだ。内臓はイったかな。血はあまり吐いていない。口を伝う血は口の中を切った血とぶつけた時の切り傷だろう。

そのまま数メートル飛ばされた私は地面に落ちた。
苦し紛れに受け身を取って地面に転がったが、木に右の胴体を強く打ち付けてしまった。くっそ、こっちも折れたか。左胴を殴られた時に左の肋骨も多分1、2本やられた。


あぁ、情けない。情けない情けない!!

一瞬でもしえみに叩かれて辛いと感じた心が、その心に動揺した一瞬が、アマイモンに先手を許させた。不甲斐なさに視界が滲む。この弱い涙腺にも腹が立つ。何よりこの無様な姿。つくづく情けない。



「…朱歌ァ!!瀬々良ァ!!」

俯いたままだった顔を上げず、地面に向かって大きく叫ぶ。喉が潰れるくらいに。
叫ばなくてもあの子達なら来てくれることくらい分かってる、それでも邪念を振り払うように声をあげた。

すぐに、木に背中を打ち付けたまま倒れ込んでいた私の目の前にはガラスのように透き通った身体が現れた。冷気を放つその身体が何故か暖かく視界に馴染む。
瀬々良の冷たい背中を杖のように借りて立ち上がる。


見上げれば、先程私が殴り飛ばされた時の数倍のスケールで燐が宙を舞っていた。


《拠点に戻ろう茜》

朱歌は私を背に乗せるために既に大きくなっていた。

「どこかで…アマイモンの連れてる…悪魔と、シュラさんが戦ってるはず…加勢しなきゃ」

骨が肺を圧迫してるらしく、呼吸が辛い。
朱歌の背に乗る脚も重い。

《あんたの上官よ、大丈夫だわ。それより自分の心配しなさいよこの馬鹿!》

瀬々良に叱られて苦笑した。だって、このまま役立たずで終わりたくないんだもの。

「肋骨くらい、くれてやるわよ


はやく、シュラさんの所に…おねがい、」


横たわるように朱歌の背中に乗り、温かい羽根にしがみついた。


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