「皆さん今日から楽しい夏休みですね!
ーですが候補生の皆さんはこれから林間合宿≠ニ称し…学園森林区域≠ノて3日間実践訓練を行います。
引率は僕奥村と霧隠先生、樋口先生が担当します」
「よろしくお願いします」
「にゃほう」
雪男の紹介に私はぺこりと頭を下げ、シュラさんは手をぐっぱぐっぱと開閉して声をかけた。
その後雪男の軽い説明の後、生徒達の元気の良い返事と共に、森林区域に足を踏み入れた。
拠点への道中、荷物を全て燐に持たせて悠々と森林浴を楽しみちょっかいかけてくるシュラさんの横で、息を荒げながら登る私が今年数回目の殺意に苛まれた事をここに記しておこう。
テントを組み立てながらわあわあと騒ぐ男性陣の声をBGMに、女子達は魔法円を描いていた。
「おーい、作業ほったらかしてなにやってんだ」
「ここに来てもゲームしてるシュラさんには言われたくありませんね。それに後はあの子達が描いてるところで終わりです」
木の上から猫のように私を見下ろすシュラさんに、出雲としえみの方を指差して見せた。
「相変わらず仕事早くて助かるよ。で、茜はそんなエロい格好で人目避けて何してたんだよ」
他の皆から背を向けて、シャツのボタンを開け胸を晒した状態になっていた。
片手にはペン、それも先の尖った万年筆だ。
「何かあった時のために朱歌達を呼び出す魔法円を左胸に描いておこうと思いまして。心臓の上に描いてれば手足千切られても呼び出せますし、シュラさんの刺青の真似事みたいなもんですよ」
言いながら描き終わり、シャツのボタンをさっさと閉めてジャケットを羽織った。
「さて、カレー作りますよシュラさん」
「任せたぞー茜〜」
にゃは、と笑った彼女は私に頼る気満々といった様子だ。
「かれー…?」
ルーの箱を不思議そうに眺める彼女に、私は突如として危機感に襲われた。
「あれ、しえみちゃん…もしかして食べた事ない?」
まさか、という顔で聞くと、返事が返って来る前に後ろからまた声がかかった。
「痛っ」
「出雲は料理苦手…みたいだね」
「別にこれくらい…!」
苦手を苦手と言えない性格は承知している。出雲は少し切ったようで、じわりと顔をのぞかせた赤い血を指をくわえて舐めた。
はぁ、とため息がでた。
私がするしかないのか。
「わざわざ包丁使わなくても皮むき器があるでしょ!出雲はこれで人参向いて!」
ピーラーと人参を出雲に押し付けて、自分は包丁を使ってじゃがいもをせっせと剥いていく。
えーっと次は…しえみちゃんには何をさせれば失敗が無いだろうか。
「なんか手伝うか?」
そう声をかけて来たのは燐だった。
「…お料理できるの?」
「カレーくらい誰でもできるだろ」
燐が照れ隠しのつもりで言い放った言葉は、出雲に刺さったようだった。
カレーを口にした生徒達は、各々の感想を次々と口にした。
燐の新たな一面に私も驚く。
「すりりんごで甘さ控えめなんてもはや主婦の領域だよねー」
とからかうと、燐が茜だって上手いじゃねーか、と突っぱねた。
お?
「先生を名前で呼び捨てだなーんて、さすが燐くんねぇ」
にやあ、と笑って顔を下から覗いてみた。
「え、樋口先生とか言わなきゃ駄目か」
と戸惑う燐。
「ううん。茜でも茜お姉様でもなーんでも、好きに呼んで頂戴。
私もおかわりしちゃおーっと」
燐の馴れ馴れしさは心地よい。
彼が壁を作らないから、こちらも身構えて壁を作らなくて良いからだ。
身構えるとこっちが馬鹿らしく思えるほどに彼は純粋だ。
だからはやく教師として、生徒である皆と打ち解けたい私にとっては彼のような存在は嬉しくありがたい。
だからこそ、アマイモンなんかの挑発に乗らないで欲しいのだ。
楽しいカレーの時間。皆で輪になって一緒に。
いつまでもそれが出来るほど祓魔師は甘くない。
ずっとこうしていたい、と感じてしまう自分の甘さとカレーの程よい熱い辛さが馴染んで、今それ以上を考えるのはやめた。