一学期が無事終わり、今日から塾では林間合宿として実践訓練が始まる。
ぞろぞろと帰って行く一般生徒を尻目に、私は集合場所の駅に向かって歩いていた。
「…樋口先生!」
女の子の声に振り向く。
私の本名を知っていて尚且つ先生、なんて言う女の子は2人だけだ。
「一学期お疲れ様、神木さん」
自分の立場が教師、という名目に切り替わってからは、生徒のことはみんな苗字呼びに変えた。
椎橋ナジカの時に仲が良かったからといってその馴れ馴れしさを引きずってはいけないと考えての事だ。
「今日から合宿ですよね」
隣に並んで歩き出した出雲は、少し気まずそうだ。
「そうねえ。頑張ってね」
にこやかに言うと、出雲は少し苛立つような顔をした。それから私を睨み上げて(身長は同じだが私はヒールがあるので少し目線は上だ)、
「あの、神木さん≠チてあなたに言われると変な感じ。ついこないだまで友達だったあなたに敬語使うのも、なんか気持ち悪いわ」
喧嘩腰なそのツン、とした言い方に、私は苦笑した。
「ごめんね、隠してて」
「そういうことじゃない!」
出雲はまた噛み付くように声をあげた。
「潜入捜査みたいなのは、理由は知らないけど祓魔師としての仕事だったんでしょう?それをいちいち責める程私は子供じゃないわ!私が言いたいのは…」
「うん、」
そこで一度言葉を区切ってスッと息を吸った。
「ナジカだろうが茜だろうが、生徒だろうが先生だろうが、私はあなたと前みたいに…その、仲良くしたいのよ!それっていけない事?」
出雲は出雲なりに私との関係を考えてくれていたのだ。それを私は一方的に壁を作る事でナジカという存在を無かったものとしていた。
ううん、と首を振ると、出雲はまた声高に言い放った。
「あなたは手騎士としても優秀なようだし、そういう意味では尊敬しない事もないわ。だから先生って呼ぶのも敬語を使うのも構わない。けど!
ナジカに神木さんなんて呼ばれ方したくないの!他人行儀なんてまっぴらごめんだわ!だから!
い…いず…名前で呼んで!他人みたいな言葉遣いやめて!いいわね!?」
出雲って呼んで≠ニいう捉え方によってはあまりに可愛らしい言葉は彼女のプライドがどうも許さなかったらしい。
「分かった、ありがとう出雲」
「別に、お礼言われるようなことじゃありませんから」
少し顔を赤らめた出雲は、思い出したように敬語を使い出した。
「かーわいいなぁ、出雲は」
軽々と滑らせた言葉に、
「からかっていいなんて言ってません!」
と怒られた。
照れ隠しのように遠くに見えた男の子達に声をかける。いつもなら無視なのに。
「こそのバカ4人
早くしないと遅刻するわよ!」
廉造は出雲に反応してか全速力でこっちに向かって来た。
「出雲ちゃん終業式お疲れさん〜
こんにちは茜センセ」
語尾に飛び散るようなハートマークが見えるのは仕様か。
「こんにちは」
「なぁなぁ茜先生、年下の生徒と禁断の愛ってどない思わはる?」
すごいなこの少年、女ならなんでも良いのか。
「馴れ馴れしく下の名前で呼ぶんじゃないわよ!」
と噛み付いたのは出雲だ。
「あら、出雲だって下の名前で呼んでくれていいのよ?」
「えっ…」
隣では廉造がにやにやしてる。
数拍置いてから、ぽつり、と呟くように出雲は「茜先生…」と口にした。頬が赤い。
可愛いやつめ。