「子供の霊なら子供の好きそうな所探るべきだよねー」
「そんなん言うても遊園地なんかチビの好きなもんしかあらへんがな」
「それもそうやわ」
勝呂の的確なツッコミにあはは、と笑う。内心いつ状況が一転するかと気が気でない。
「そいやお前たまに関西弁出よるけど出身どっか関西なんか?」
「あー、私一時あっちの方に住んでた事があって、たまに出ちゃうんだよね。最近は勝呂くんたち京都人とよく話すから尚更出やすくなっちゃって」
「京都人てなんやねん」
ボケにツッコミの要領で楽しく話す中、勝呂は黙りこくったまま探す様子もない山田≠ノ少し苛立っているようだった。
すると突然、進行方向斜め上の方向にあったジェットコースターの頂上から、騒音と共に縦一直線にレールとそれを支える鉄骨が崩れ落ちていった。
「何やアレ 何が起きた!?」
仕掛けて来たか。さて、どう動くか。
霊を探している手前異変のあった所に向かわず離れるというのも不自然、かといって一緒に行けば勝呂が燐の炎を見てしまう。いずれ、というか今日中には知られる事なのだからこの際構わないのかもしれないが、未来ある訓練生に余計なショックはできることなら与えたくはない。どうすれば。
「潮時だ、椎橋ナジカ=v
言いながら歩き出すシュラさん。
ああ、やっぱりもう駄目かー。せめて悪あがきする方法を考えていたかったが、やはり諦める他なかったようだ。
「じゃあその呼び名やめて下さいよ山田くん=v
「うるせえ」
にや、と笑ってからすぐにバッと飛び上がって離れて行くシュラさんに、緊急事態ながらも少し楽な気持ちになった。
「勝呂くんは皆と連絡を取って雪男の指示を待って、それまでここに居てね。
シュラさん、私は上から行きますから!」
シュラさんにかけた声は届いたんだろうけど、彼女はあえて返事をせずに姿を消した。
「はあ!?お前ら、何が…どういうことや!」
混乱しはかりかねるのも無理はないが、説明する時間はない上に今はする気もない。
騒ぐ勝呂を横目に、私は古紙を一枚出して朱歌を呼び出した。
「紅の椛によく似た麗しい金糸雀、朱歌。
すぐに私を乗せて上空へ!」
《了ー解!》
すぐに大きくなった朱歌に飛び乗り、その場を後にした。
勝呂は途中から何も言わず…いや、何も言えず、の方が正しいか。私が去るのを黙って見ていた。
地面が遠くなるのを感じながら、私はここしばらくお世話になっていたウイッグを捨てるようにはずした。
中で纏めていた本当の髪を降ろし、蒸れた頭を掻きむしる。コンタクトも手早くはずして、一気に視界がクリアだ。
「朱歌、あれは…」
意識を向けたのは降魔剣を持っている、…恐らく悪魔。いくらコンタクトをはずしてモノがよく見えるようになったからと言って豆粒よりも小さく見える相手が何者かなんて判断できない。
《地の王、アマイモン様よ!間違いないわ》
癖で上級の悪魔に様を付けるのはこの際目を瞑っておこう。
シュラさんが先に向かっているのが見えるから、彼女までもが危なくなってから私が加勢するとして…それまで周囲の状況把握。
「アマイモン以外に悪魔は居ないようね」
《うん、あのサタンっ子を悪魔とカウントしないならね》
サタンっ子は燐のことだろう。遠目から見ても体から青の炎を噴出している。
ああ、本当に終わったんだなあ、と呑気なことを考えてしまった自分に嫌気がさした。仕事だから仕方なかったとはいえ、もう二度とこんな人を騙す仕事はしたくないものだ。
シュラさんが到着し、程なくしてアマイモンがその場を立ち去った。
アマイモンが園を出てから理事長室へ向かった様子を見届ける。
もちろん深追いはしない。アマイモンへの攻撃は任務の範囲外だ。
メフィストの手引きなのは間違いなさそうだ。理事長室を一睨みしてから、シュラさん達のいるであろうところに向かった。
声が聞こえるところまで降りた時は、フードを脱ぎ捨てたシュラさんが自己紹介をするところだった。
ここは手っ取り早く便乗しておくか。
羽音を立ててシュラさんの後方に降下した。
「上から失礼します。
同じく本部から、霧隠上一級の補佐として来ました。上二級の樋口茜です」
朱歌に乗ったまま声を出すと、そこに居た全員がこちらを見上げた。燐はもちろん、しえみも雪男もいる。
「遅えぞ茜ー、小便か?」
「そんなわけないでしょう、奴の逃走先を確認してただけです」
いつもの軽口が緊張感の無さを物語る。
トン、と朱歌の背中から地面に降り立ち、朱歌の頭を撫でてありがとう、と言ってから円の中に消えさせた。
階級証と免許を提示すると例のハニー教諭(私の中での蔑称だ)も階級証を示そうと堅苦しく会釈しつつ胸ポケットに手を突っ込んだ。
「あーいいよ
堅っ苦しいの苦手だからさ」
私は慣れたように、へらへらと言い放つシュラさんの右後ろに立つ。
そっと耳打ちでアマイモンがやはり理事長室へ向かった旨を話した。
シュラさんはやっぱりな、という表情で私にごくろーさん、と告げた。
「とりあえずコイツを日本支部基地に連行する
あと支部長のメフィストと話したいから引きずってでも連れて来い
それ以外の訓練生はみんな寮に返しちゃってー」
シュラさんの汚い言葉遣いでの指示に礼儀正しく応じる中、雪男は私達を不機嫌そうな表情で見ていた。
無理もない。見知った仲の人間がこんな形で紛れ込んでいたのだ、混乱くらいするだろう。
少し申し訳ないけど、これから燐を処分する手前、雪男に馴れ馴れしくすることはできなかった。
くるっと踵を返したシュラさんは、腕で燐の頭をがっしりガードして歩き出そうとした。
「オラ立て!お前にも話を聞くぞ」
またこの人は手荒な…
変な声を上げる燐を横目に、私もシュラさんに続こうとした。
するとしえみが話した。
「燐…ケガしてるんです…手当してからでも…」
「コイツはこのままでも平気だ
まだ乳臭い子は引っ込んでな?」
しえみの優しさが良心に沁みる。
これが最後の会話かもしれないんだからもう少し情けをかけても良いと思うんだけど。
「ナジカちゃん…だよね?」
私を見て困惑を隠しきれない様子で言うしえみ。
「うん、ごめんね。他の皆によろしく」
上手く笑えなかったが口角だけでも上げて、そのままシュラさんに付いて歩いて行った。
遊園地を出た所で、訓練生達が集まっていた。
私はあくまで無視 無表情。反応するのは少し辛い。しえみ1人相手でも上手く笑えなかったんだから、ここで反応しては罪悪感が溢れそうだ。
騙したことにかわりはないのだからそれに対する失望は受けてしかるべき。
ここでボロを出すのは甘えだ。
服装は制服のままだったのでこの場に唯一居ないナジカであることは想像できたようだ。
出雲が半ば縋るように「ナジカ!」と叫んだのはなかなかに苦しかった。
ごめんね、私は悪魔と烙印を押された貴方たちの友達を殺すために近づいた最悪な人間だったの。こんな私に優しくしてくれてありがとうね。
ごめんね。
口笛を吹くシュラさんの後を追うように、私はやはり何も言わずその場を去った。
しえみに伝言は頼んだもの。みんなによろしくって。
雪男の鍵で基地内へと向かう。
カツカツと内部を歩いて行く中、シュラさんは燐に淡々と説明した。
そんな中、理事長であるメフィストが私達を出迎えた。
「お久しぶりですね〜
シュラに茜!」
私は形式上会釈しておいた。
「まさかまさかあなた方が監察として塾に潜入していたとは!
私知る由もありませんでした」
軽口から世間話からぽんぽん飛び出すその口が、今はシュラさんを苛立たせる。
「メフィスト 単刀直入に聞く
…よくも本部に黙ってサタンのガキを隠してやがったな
おまえ一体何を企んでいる」
「企むなど滅相もない
確かに隠してはいましたが
すべては騎士團の為を思ってのこと…」
真意の読めない表情を私は睨み続けた。
「サタンの子を騎士團の武器として育て飼い慣らす…!
…この二千年防戦一方だった我々祓魔師に先手を打つチャンスをもたらすものです」
「…だとしてもまず上≠ノお伺いを立てるべきだろ?」
「…綺麗に仕上がってからと思っていましたのでね」
「藤本獅郎もこの件に噛んでいるのか?」
何でもないような顔で、シュラさん自身が一番知りたかったことを何でもないような口ぶりで聞いた。
「ええまあ 炎が強まるまでは藤本に育ててもらっていました」
「そうか」
その言葉は彼女の胸に鉛の様に重く沈んだことだろう。
その後、大監房を使い燐を尋問するということになった。
割って入り自分が説明すると言った雪男をあっさりつっぱねて、大監房に向かった。
「あの、シュラさん」
「んー?」
「私にも、尋問の立ち会い許可をいただけますか」
「…いや、私一人で十分だ」
「そう言うと思ってました。ですが…」
シュラさんと私が正体を明かし、燐を処分、任務の終了。今一番見たくない事態が今目の前にある。
命令違反をするつもりはない。
だけど燐を短い間ながら見てきて、ただサタンの子だからと処分するにはあまりに惜しい技量と、そして一貫した強い意思があることを私なりに理解したつもりだ。
私欲が少なからずあることは認めるが、それだけじゃない。燐をここで殺すべきではない。訓練生達にも大きなショックを与えるし、燐の存在は塾内でも悪いものではない。もちろん今のところはだが。
どう伝えようかと喉に詰まったところで、シュラさんは私の頭を撫でた。
「あたしだけでやる。あんたは待ってな。ちょっと今回は辛いことさせたね。情が移るのも無理ないよ。
だけど上司として言う。
吹っ切れ」
シュラさんは本当に燐を殺すのか。本当に?彼が残した大切な息子、弟子として直々に託された大切な息子を、シュラさんは殺すだろうか。
吹っ切れと言う言葉は私だけに宛てたんじゃなく、自分自身にも言い聞かせるように聞こえた。
辛いのは彼女も同じだ。
「すみません、差し出がましいことを申しました。お許し下さい」
「うん」
軽く頭を下げ、私に背を向けて大監房の扉を開けるシュラさん。何がなんだか分からないといった表情でこちらを見る燐に、今できる最大の笑顔を見せた。
この扉の向こうで何がどうなるか。
ここで燐がむざむざと殺されるようなら、私がここにわざわざ燐と仲良くなりに来た理由はなんだったのか、ほとほと疑問だ。
扉に背をもたげて、私は待つことにした。