昨日の一連の屍は、候補生認定試験と銘打った上で、正十字騎士団日本支部の公認で執り行われた安全の確保されたものだったと分かった。
なんだ、じゃあ私はいちいち正体を明かす心配なんざしなくてよかったんじゃないか。
天井からぶらりと落ちてきたわざとらしいメフィスト、思い出しても腹が立つ。
悪魔の癖に支部長なんかになっちゃってさ。
いや、悪魔の癖に、なんていうと燐のこと嫌ってるみたいになるからアレだけど…。
まぁ奥村燐もターゲット、要人、必要とあらば処罰する対象だから、情けなんてものはかけないけどね。
そんなわけで私はメフィストがあまり好きじゃない。それはシュラさんがメフィストを快く思っていないことも原因の一つだと認められる。
彼女に心ならずも付き従ってきた身としては、彼女の意見に図らずも意思を左右されたって仕方がないだろう。
…なんて、少し堅っ苦しいことを考えてはみたものの、今の状況はそんなものとはかけ離れて気の抜けるほど平和なものだ。
もんじゃ焼きなんて食べるの何年ぶりかな。
「ナジカ、今日ずっとぼーっとしてるけど大丈夫?」
出雲が声をかけてくれた。
「あー!ごめんごめん、なんかここ最近夏バテしててさー」
ぼーっとしちゃうんだよねーと言いながら手を内輪のようにして頬をぱたぱたと仰いで見せた。
「ラムネ、いる?」
左隣をちゃっかりキープしていた廉造くんは、しっかり冷えたラムネを差し出してきた。
ラムネ、なんて飲み物も何年振りかな。
「うん、貰う。ありがと」
下から上に漂いながら迷わずに上がる気泡、それに惑わされるように揺れるビー玉。
私はどちらだろう。
どちらもなにも、私のすることは決められているのだからそれに従う他ないというのに。
全部飲み込むようにぐいっと煽ると、炭酸に喉が痺れた。
目が覚めるような。
昨夜の事、知らないわけじゃないんだ。
何もできずにただ見ていることしかできなかったけれど。私があの寮に住んでいることは秘密だから手を出しては後からなにを言われるか分かったもんじゃなかったから。
燐の悲痛な叫びも、しえみの決意の涙も、見ていた。真っ直ぐな彼らにどこか羨望に似た想いを向けていた。
そして昨日、傷ついて去って行ったネイガウス教諭。
彼がまた教壇に立つことはないんじゃないか。となると後釜は?
メフィストは試す様に次々燐の前に試練を出す。今度は何をしかける気だ。
そろそろこいつの尻尾も捕まえないとな。
訓練生は無事みんな候補生になった。
そして昨夜の一件から見ても、奥村燐はメフィストのせいで徐々に力も強まっているようだ。
私がナジカでいられる時間も、そう遠くはないな。
本業に戻る日も近い、か。
やっぱ名残惜しいなぁ。せっかく金造の弟くんとも会えたというのに。夏の間には本部に戻るのだろう。
このじめじめした日本の夏も恋しくなる。
「ぅあっっっっつううう!!!!」
「あはは!ナジカちゃん猫舌かあー、かぁいらしなあ…俺が冷ましたろか?」
物思いにふけりながらおもむろにもんじゃ焼きを口へ運んだのが間違いだった。
にしても現在進行形で顔を近づけてくる廉造くんは本当に女好きだな。その垂れ目、どっかの誰かを彷彿とさせるからやめていただきたいんですが。
「…私の心が冷めちゃうから今すぐ離れて?」
「おっ上手いなぁ!ほんなら座布団ないから代わりに俺の上に「志摩ええ加減にせえ!」…はーい」
勝呂ストッパーの存在は有難い。
さて、私は本格的にもんじゃを食べようとコテを手に鉄板に向かった。
今だけはまだ、こんなのも悪くない。