15
つき破られた扉からは昨日浴室に現れたそれと酷似した悪魔が居た。

私は鞄に手を突っ込み、弓矢をすぐに出せるようにした。


一番訓練生を守れるのは私!



直後、屍から二股に別れた頭の片方が膨張し、ボンッと破裂…

こちらに体液をぶちまけた。


「えっ?」

かかるであろう体液に身構えようとすると、後ろからぐいっと腕を引かれた。

「(シュラさん…!?)」

腕の強い力で私を引いてから、耳元でボソボソと告げた。

「三体居る。恐らく一体くらい奥村燐がなんとかするだろ。一体はタイミングを見てお前が行け。
残りは残った奴らがなんとかするか、必要ならアタシが動く」

早口で、言葉を返す間もなくシュラさんは私から離れ部屋の角に鎮座した。



「…言われなくても!」

独り言のようにぽつりと呟いた。

突然降りかかった体液に惑う中、
しえみが最初に行動に出た。

「ニーちゃん…!
ウナウナくんを出せる」

サンチョさんの次はウナウナくんか…
呑気にそんなことを考えていると、
緑男の身体からメキメキと太い木が伸び、すぐさま屍とこちらを分断する形を作った。

「す…すげぇ…」

「…すごいわしえみ!」

「ありがとねニーちゃん!」

即座の判断力と草木の知識、それらの応用力、しえみに祓魔師としての素質があることはいよいよ否めなくなってきたな。

「…あれ?」

「…くらくらする…」

「ゲホ」

「あ 熱い」

すると燐と私以外の全員が体調の不良を訴え出した。

「え?…皆どうした?」

「さっきはじけた屍の体液被ったせいだわ…

あんたとナジカは平気なの…!?」

「後ろに居たせいであんまり身体にかからなかったの、多分私は大丈夫よ、燐もそうかな」

「お、おう…」


燐は悪魔だから、屍の体液なんて効かないんだ。
まぁ最前列で一番まともにかかったと言える燐にその嘘はいささかキツいものがあるが。

「なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…
杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…
そうなったら最後や」

息を荒げるしえみの身体を支える。

「…雪男の携帯にもつながらねー…!」

周りを見るが、外に繋がる窓は木で遮られており出られそうにない。
完全に逃げ場がない。

「ど  どうするよ!」

燐はギリッと歯を噛み締めた。

「二匹か…!」

「燐?」

やっぱり彼は動くか。

「俺が外に出て囮になる」

「!?」

「二匹ともうまく俺について来たらなんとか逃げろ
…ついて来なかったら
どうにか助け呼べねーか明るくできねーかとかやってみるわ」

燐の突然の発案に皆慌てて却下しようとする。しかしそんな声も聞き入れず、

「俺のことは気にすんな
そこそこ強えーから」

と残し木の間を進んで行った。

「奥村!!」

「戻ってこい!!!」

そのまま燐は屍を一匹連れて部屋から出て行った。

「なんて奴や…」

「結局一匹残ってますけどね!!」

「しえみ、気をしっかり持って」

息も切れ切れなしえみには相当が負担がかかっているはずだ。
シュラさんの言うとおり私は直ぐにでも部屋の入り口で未だ息を潜めているもう一体の屍を蹴散らしに行きたいのだが、この非力な訓練生ならシュラさんが動いて正体がバレてしまう事は必至。
正体がバレてしまえば訓練生のみんなと過ごす時間が今日で終わりという事になる。

「(やっとしえみとも打ち解けられたのに、それに出雲はまだ立ち直ってない、そこに私が私でなかったなんてショックを与えたくない)」

完全に自己満足。命令違反も甚だしい考えだ。
でもきっと私達が正体を明かさずこの場を収める方法があるはずだ。

「詠唱で倒す!!」

意を決したように出した勝呂の選択に、私は光を見たように感じた。

「坊…でもアイツの致死節£mらんでしょ!?」

「知らんけど屍系の悪魔はヨハネ伝福音書≠ノ致死節が集中しとる

俺はもう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」

全部覚えてるって、暗記力がズバ抜けてるとは昼間の授業で思ってたけどいくらなんでも大きく出過ぎだ。
とんでもないな。

「全部?二十章以上ありますよ!?」

志摩の意見はもっともだ。

「…二十一章です…」

「子猫さん!」

「僕は一章から十章までは暗記してます…手伝わせてください」

「子猫丸!頼むわ…!!」

将来有望な訓練生ばかりだな。

「ちょっと
ま 待ちなさいよ!」

「出雲…」

「詠唱始めたら集中的に狙われるわよ」

出雲の意見も正しい。詠唱騎士には詠唱騎士を守る戦闘要員が必要不可欠だ。そこの穴を埋める存在がいない。

「言うてる場合か!女こないになっとって
男がボケェーッとしとられへんやろ!」

「さすが坊…!男やわ」

廉造くんはそう言うと、シャツの内側から何やら筒を取り出した。それらを組み立てると一本のキリクが完成する。

「じゃあ俺は全く覚えとらんので
いざとなったら援護します」

「志摩」

懐かしいものを見せてくれるなぁ、弟くんってば。

さて、これで少しばかり安心した。
京都三人組と、しえみの体力と、大きな運に期待して…

バキバキ!!
ずっと続いていた木を折る音がスピードと大きさを上げた。

入り口に潜んでいた屍も来たのだ。

「!」

「…あれ、屍もう一体増えてへん?」


ああ、皆が存在に気づくまえに動きたかったのに。まったく、空気読みなさいよ。

「…あたしが行くわ」

「はあ!?お前まで何言うとんねん!」

勝呂の怒号。

「ここにいる皆の中で、かかった体液が比較的少なかった私はいつも通り動けるし、それに致死節を詠唱するころには二体がかりでこのバリケード折られてるんだからお陀仏間違いなし。

それに昨日だって私は屍と戦ってる。倒せるかは分からないけど、逃げて外に助けを呼びに行く事は可能よ。

こんなこともあろうかと、弓矢は持参してるしね」

つらつらと言葉を並べ、カバンから革製の腰に巻くウエストポーチのような物を出した。中には折りたたみ式の矢が入っている。

「ナジカちゃんは女の子やねんで?そんな無茶…」

窘めるような廉造くんの声も、スッパリ切り捨てる。

「無茶しないで皆死ぬより多少無茶した方が後悔がないでしょ?」

鞄から弓を出して立ち上がった。

「中級を一人で相手なんて無理よ!」

出雲の叫び。彼女がここまで悲観的なのには恐らく朴のこともあるのだろう。

「大丈夫よ、殺られる前に逃げるわ」

すると勝呂が私の腕を掴んだ。

「待てや!お前が行くくらいやったら俺が行く!」

「坊まで何言うてはるんですか!」

はぁ、と私は一つ溜息をついた。

「勝呂くん、一度しか言わないからよく聞いて」

少し間をあけ、ポーチから短い棒切れを一組出す。ブンッと振れば立派な矢だ。

その刃を勝呂の顔をキッと向けて一言、

「98点の坊ちゃんは引っ込んどきい」

思わず京都弁がでたけど気にしない。

にっこり笑って「いってきます」と言ってから、私も燐と同じように木の間をくぐって向こう側に出た。

屍が二体。

私を見るなり一体が反応した。

「(食い付いたな)」

ポーチから矢を一本出して縦に振る。すぐに形をなした矢を弓にかけながら、私は部屋から飛び出した。



燐は恐らくブレーカーを上げに行ってるはず。
燐にも私の正体は見られては困る。
教師の居そうな所に向かうのが「生徒」という立場としては得策だ。

私は燐が行ったと思われる方向とは逆の方向に向かって走った。




数メートル後に気味の悪いと音を立てて追ってくる屍に、二本連続で両目に矢を射る。屍の動きは安直だからやりやすい。窓際を走っているから月の光で少しは動きも遅いし。

ぐあああ、と転げ回る屍が、先程よりも遅いスピードで私を追ってくる。
打った矢は刃の部分以外腐敗しているようだ。
いつもなら一度打てば消えてくれるのに、今使っている矢は訓練用、つまり何の変哲もない矢だからダメージは与えられても倒すことはできない。

私は空き部屋の扉の鍵に塾へつながる鍵をさした。迷わず塾の廊下に飛び込む。扉は開けたままで。

廊下は壁にぽつぽつと明かりが灯っているが、明るいとは言えない。その点で言うと素早さの分に関しては五分五分だ。
私は一度奥の方まで走り、振り返って追ってくる屍を確認した。そのまま私の方に突っ込んでくる屍に矢を射る。右目二回、左目二回。

また転げ回る屍を思い切って踏みつけて、私は入ってきた扉に向かった。
屍はまだ突き刺さった矢に苦労しているようですぐ追って来てはいない。

そのまま扉から出て、閉めて、鍵を抜いた。

「ふう…」



我ながら上出来。









「皆!!」

部屋に戻ると、目の前で燐が勝呂に殴り飛ばされていた。

奥では出雲がしえみを介抱しており、その表情には疲れこそ見えどどこか吹っ切れている気がする。


「椎橋!!!!お前も倒したんかその弓矢で!」

勝呂はなんというか、混乱しているようだ。詠唱で倒す!と言い切っていたカッコ良い彼は緊張が解けたらしい。

「倒してはいないよ、鍵使って塾の廊下に閉じ込めて来たの」

「ああ、なるほど!頭ええわナジカちゃん」

「え、じゃあ屍は…」

子猫丸くんが聞いてきた。

「まだ塾の廊下で暴れまわってるんじゃないかな」

「ヒイイイイ」

勝呂さんは随分屍にトラウマを植え付けられたようだ。

「ナジカ」

「出雲…」

部屋を出るまえとは打って変わって穏やかで、真っ直ぐな表情になっている。

「あたしのこと励まそうとしてくれてたのに当たったりしてごめん。これから、また頑張るから」

「…ふふ

もっと私に甘えてきても良いのよー?出雲ちゃあーん」

柄にもなく感動してしまったので誤魔化し半分愛しさ半分で出雲に抱き着いた。

「ちょ、うるさいわね謝ってるんだからまずは許しなさいよ!」

照れながらも拒まないあたり、やはり出雲はかわいいな。

「しえみも、お疲れ様」

「うん…うん!」

にまにまとだらしなく頬を緩ませるしえみも、少し成長した気がした。


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