13
「はい

終了」

雪男の声で重苦しく流れていた空気がぱっと切り替わった。

合宿初日から延々と机に向かっていた私達は、糸がきれたように息を吐いた。

「ちょ…ちょっとボク夜風にあたってくる…」

「おう、冷やしてこい」

ふらふらとしているのは体だけでなく頭もらしい。ボクという慣れない一人称と共に燐は部屋を後にした。


私は凝った肩をほぐしつつ筆記用具を片付けていた。

「朴、ナジカ、お風呂行こっ」

出雲は入浴時用の鞄を持って声をかけてきた。

「うん」

「私も!」

ぴゃっと反応して立ち上がる杜山さん。

「あー、私パスで。お風呂は寝る前って決めてるの。ちょっと復習したいから先入ってて?後から行くわ」

もちろん出た所を見計らって行きますけどね。
これは前々から考えていた事だ。

変装中の身なのだから、共に入浴はなんとしても避けねばならない。


「ふーん?じゃあ行ってくるね」

「うん、いってら」

手を降って出雲達を見送ると、杜山さんがこちらをおどおどした調子で振り返ってきた。

「ゆっくりしておいでね」

と言って微笑みかけると、杜山さんもにっこりと笑った。

「うはは
女子風呂か〜ええな〜

こら覗いとかなあかんのやないんですかね
合宿ってそういうお楽しみ付きもんでしょ」

あらあら健全な男の子だこと。

「志摩!!
お前仮にも坊主やろ!」

「また志摩さんの悪い癖や」

2人の呆れる声もどこ吹く風、廉造くんはめげない。

「せやからナジカちゃんも安心してお風呂行ってき?一日中勉強して疲れてるやろ?」

言いながら自然な動作で私の肩に手を置いてきた。その手を柔らかく払いのけて、

「今の話を聞いてのこのこお風呂に行けるほど馬鹿じゃありません。それに廉造くんみたいな不貞な輩から出雲達を守る為にちゃーんとトラップしかけてありますから、無謀な足掻きはしないことね」

にっこり言ってから荷物片手に部屋を出ようと立ち上がった。

「トラップ、?って、どんな?」

「ふふ、目玉無くしたくなかったら覗きなんてやめときなさいね」

そう残してひらひらと手を振り部屋を後にした。
宿泊する自室が杜山さんと同じな為、ボロを出さない為に荷物を整理しておく為だ。

勿論トラップなんてものは仕掛けていない。口からでまかせの真っ赤な嘘だ。脅しにはなるだろう、と踏んでの事。

今日から寝泊まりする予定の部屋に足を踏み入れようとした時、甲高い悲鳴が響いた。

「!!」

浴室の方から。出雲と朴、杜山さんの身に何かあったんだ。
すぐに教材を部屋に放りこんで、すぐさま普段自分の生活している部屋に走った。

ここから自室はそう遠くなかったから、手ぶらで向かうよりは使い慣れた弓矢を持参する方が得策だと考えたのだ。

引き出しから弓と矢を数本、片手で乱暴に掴んで浴室まで駆け下りた。


駆け込んだ時に目に入ったのは、へたり込む出雲と、倒れる朴、そして側に座る杜山さん、そして彼女の緑男の身体からアロエが生え、
奥では燐が悪魔に押さえつけられている。

「すごい!ニーちゃん!!
これサンチョさんだよ〜!!」

感動する杜山さんに近づく。

「杜山さん、それは使い魔の能力?」

「うん、そうだと思う、あの、私、」

杜山さんが何か言いかけているが今はゆっくり聞いている暇はない。
朴を横抱きにしてロッカーの隅に再び横に寝かせる。

「杜山さん、朴をお願い!」

「うん!」

力強く答える彼女の肩をぽん、と撫でてから、へたり込んだままの出雲に近づく。
腕を掴み、ロッカーの裏に連れて行った。彼女の傍らに破かれた魔法円があることから、おそらく何らかの理由で使い魔は出せない状況なのだろう。
となれば今の出雲の精神状態からしても、まずはこの震えを落ち着かせなければ。
それにこれだけ騒いでいるんだからまもなく雪男達が来るはず。緊急事態とはいえ同い年の男の子にあまり下着姿は見せられないしね。

出雲を落ち着かせることに時間を費やしたいのは山々だが、もっと危険なのは燐だ。

出雲にここに居て、とだけ残し、
私は矢を一本口にくわえて、もう一本を弓に矢を引っ掛け、残りを上のボタンを開けたままのブラウスの中に突っ込んで、
悪魔に弓矢を向けた。

矢は悪魔の身体の中心を貫通し、悪魔ごと壁に一旦叩きつける。

「燐!しっかり!」

「ナジカっ!お前、」

咳き込む燐は今にも鞘から抜こうとしていた降魔剣を握り直した。

くわえていた矢を弓に掛け、また放つ。

服から出し、3本連続で放った。

普段の仕事の際は、朱歌や瀬々良がそれぞれの持つ特徴に応じた矢を生み出し、際限なく私に渡してくれるので、矢を自分自身で持つという習慣が無い。と言っても祓魔師の服の時は腰から矢を入れるホルダーがあるのだが。

今回はそれも無い。

手元にあるのはあと一本の矢。


壁にはりつけられていた悪魔は、徐々に動き出して、私に意識を向けた。

「くそ、早く来なさいよ雪男…」

言いながら残り一本の矢を掛け、きりきりと引く。襲いかかって来る寸前で放つつもりだ。

さあ来るぞ、というところで、発砲音と共に悪魔に連続して銃弾が当たった。

「雪男!襲ェーぞ!!」

天井近くの窓を割って逃げて行った悪魔を睨む。

あいつ、何処から来た。
私の攻撃では逃げなかった癖に、雪男が来たら途端に逃げた。そう指示を受けていたに違いない。

「ナジカちゃん、大丈夫か?」

「廉造くん…ええ、私は大丈夫」

肩を叩かれて我に返った。

「ほんまかいな。今めっちゃ怖い顔しとったで?」

「ちょっと考え事をね…」

「どこも悪魔にやられてへんか?」

珍しく真面目な顔で私に問う廉造くん。心配をかけたようだ。

「奥村先生のおかげで指一本触れられてないわよ」

「せやったらええけど…」

「それに私結構強いんだからね?」

そう言って笑うと、強気な女の子も可愛いなあ、とまたいつもの調子に戻った。


脱衣所に戻ると、勝呂達に散々大丈夫かと声をかけられた。雪男は教師の自分がすぐに駆けつけられなかったのを悔やんでいるようにも見えた。










「杜山さん、お疲れ様」

「椎橋さん…」

部屋に戻ると、杜山さんがベッドに座っていた。

「杜山さん、これからしえみ、って呼んでもいいかな?」

「えっ」

弾かれたように、大きな目を更に大きくして私を見た。

「私の事も、ナジカって呼んで?
せっかく友達になれたんだもの、堅苦しい呼び名は嫌じゃない?」

ね、と言うと、
杜山さん…改めしえみは、うんうん!と嬉しそうに頷いた。

「ナジカちゃん…は、祓魔師になるんだよね?」

「ん?うん…しえみは違うの?」

お互い各自の布団に入ってから、天井を見ながら会話した。

「私は、なんていうか…弱虫だから、家の外に出ていろんな事を知ろうと思って、雪ちゃんや燐のいる祓魔塾に来たの」

「うん、」

暗闇にしえみと私の声だけが静かに響く。

「だから、え、祓魔師なんてすごいもの、私にできるかわかんなくて、それで、どうすればいいのかなって…燐のは凄くまっすぐで、迷わなくて、強くて…私…」

ああ、彼女は色々考えていたんだな。
たくさん迷いのある中で、今回の合宿に参加していたんだ。

「しえみは、たくさん魅力があるよ。草木の知識が豊富で、優しくて、まぁ結構なドジだけど、思いやりも意志もある」

「そんなこと…」

きっと照れた顔をしてるんだろう、ふにゃりとした声になる。

「その魅力を生かせる場所は、ここだけじゃないと思う。

まずはしえみのしたい事は何か。それから、何ができるか、考えて、後悔しないように進めば良いと思うよ


って、いまいち具体的なアドバイスにはなってないかな」

はは、と笑う。
祓魔師である私としては有望な手騎士の存在は貴重だし、ありがたい。
私個人としても、しえみと過ごしてみたいという気持ちがないわけでもない。
でもそれを引き止めるのは、我儘だ。

「今の私に、できること…」

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ…」


明日の朝はしえみよりも早く起きて、色々と今日の対策を考えなくてはならない。

私は深くない眠りについた。


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