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「はぁっ…はぁっ…」

「………」

体育実技。
蝦蟇に追い回されながら私は競技場を走っていた。

シュラ扮する山田と共に。

「(くそう…同じ女なのに…私の方が若いのに…


全然追いつけない!!!!)」



「そこまで!」

教師の言葉と共に蝦蟇の動きも止まり、私たちは梯子から上へと上がった。

「あんた、なんていうか必死だったわね…」

「お疲れ様ナジカちゃん」

珍しいものを見るような目をする出雲とタオルと水を渡してくれる朴。

「なんか…負けたくなくて…はぁ、ありがとう朴…」

息も切れ切れに出雲の隣に座った。

「でも相手男の子だったんだから追いつけなくて当たり前だよ」

朴の言葉に、あははーまぁねーと生返事をした。
実際は女なわけだからその慰めはあまり効かない。

「まぁ、走りに関しては私の方が速そうね」

ふふん、という声が今にも聞こえそうな表情で出雲は言った。

「た、体育会系じゃないだけよ…」

2人とも十分速いのにー、といいながら笑う朴に癒されながら、次に走り出した勝呂と燐に目を向けた。



「うわあ…」

「何あれ」

「さあ」

激しい雄叫び?と共に全力疾走してもはやただの競争へと化して蝦蟇そっちのけの2人の走り。

それを見て呆れる人と、

「はは…坊も結構速いのにやるなあ
あの子」

感心する人。

直後に後ろから勝呂が飛び蹴りをかました事で、教師の怒号と共に一旦収束した。

「何やってんだキミタチはァ
死ぬ気かネ!」

ごもっともだ。

「バカみたい」

「阿呆くさ」

「勝呂くんって結構な負けず嫌いなのね」

「それはあんたもでしょナジカ」

出雲の鋭いツッコミに背中を丸める。


そして教師が説教モードに入っているにも関わらず、それをほったらかして勝呂と燐は殴り合いの喧嘩を始めた。

すぐに廉造くんと子猫丸くんが入って2人を引き離す。

その後勝呂だけが教師に呼ばれ、
こちらでは廉造くんと燐が話していた。

「坊はね
「サタン倒したい」いうて祓魔師目指してはるんよ」

「(それはまた大儀なことで…)」

私はさも興味の無さそうに、出雲達と他愛ない話をしながら廉造くん達の声に耳を傾けた。

「あっはっはっは…!笑うやろ?」

「志摩さん笑うなんて

坊は「青い夜」で落ちぶれてしまったウチの寺を再興しようと気張ってはるだけなんです」

「「青い夜」????

…なんだそれ」


青い夜。世界中の有力聖職者が大量に亡くなったあの事件は、私も記憶がある。

当時祖母の家で生活していた私は、家から10分程歩いた所にあるお寺の方から噴き上がる青い炎を見た。
あの日何故か私は、その炎に惹きつけられる様に、行ったこともないお寺に走って行ったそうだ。

そうだ。っていうのは、記憶が曖昧だから。
寺に行くと、何人かのお坊さんが穴という穴から血を流して倒れていた。それを見て立ち竦んでいると、門の向こうから一人のお坊さんがこちらに向かって来た。
その人も大量に血を流していたけど、動いていた。辛うじて。
私に近づいて、手を伸ばして、私の顔に触れるーーー寸前、お坊さんが前のめりになって私のすぐ横に倒れた。

その後私も気を失って、次に起きたら祖母の家の和室だった。


何故私がほとんど無意識的に青い炎の元へ行ったのか、何故お坊さん(恐らく中身はサタン)の方からも私に近づいて来たのか、奇妙なことは多かったけれど、祖母はその夜の話をしたがらないので何も知る事はない。

だから私の中で青い夜は…こんな言い方は少し失礼かもしれないが、人生で一番不思議で、神秘的な夜だったと言える。


「そもそも祓魔師っていうのは…


ってナジカ?聞いてる?」

「うぇっ!?あ、ごめんなんかぼーっとしてたわ」

回想に入るとなかなか戻ってこなくなるのは悪い癖だ。出雲達との会話は愚か燐達の会話も聞こえてなかった。

「珍しいね」

「ごめんごめん!で?出雲の彼氏がなんだって?」

「はあ!?誰もそんな話してないってば!!」

どこに耳つけてんのよ!と怒る出雲をからかって誤魔化しておいた。


そして教師が戻って来たかと思えば、

「注目ゥーー
しばらく休憩にする!」

蝦蟇の説明も程々に、子猫ちゃんとやらの元へ走り去って行ってしまった。

あのケツ顎はいただけないな。
こんなの蝦蟇を使って勝呂と燐に喧嘩しろって言ってる様なもんじゃないか。

「正十字学園て
もっと意識高い人らが集まる神聖な学び舎やと思とったのに……!

生徒も生徒やしなあ!」

また性懲りもなく喧嘩売ってる。
あの教師に何言われたのか知らないけど、余計に苛立ちが倍増してらっしゃる。

「…なんだよさっきからうるせーな
なんで俺が意識低いって判んだよ…!」

「授業態度で判るわ!!」

やれやれ。

「坊
大人気ないですよ」

「止めたってください坊」

2人の静止も虚しく、案の定勝呂は蝦蟇を使用しての根性試しを提案した。
一つ驚いたのは、燐が断ったこと。

「俺にもお前と同じ野望があるしな
こんなくだらない事で死んでらんねーんだ」

こういう挑発的な誘いはすぐにノリそうだと思ったけど、案外そこまで子供じゃないのかもしれない。

私と出雲、朴も空気を読んでお喋りせずに燐達に意識を向けている。

「俺はやったる…!」

あー、駄目だ、コレ駄目なやつだ。
あんな精神状態で蝦蟇に挑んじゃいけない。

「お前は
そこで見とけ腰抜け!」

ザザッと競技場に降りる勝呂。

「ちょっと本気…?」

燐達が口々に止める中、朴も不安気な声を漏らした。

「どうだろう…でもあのまま行くのは危ないよ」

「どーせ引き返すでしょ
バッカみたい」

深呼吸して歩き出した勝呂。

「俺は…俺は!

サタンを倒す」

その誓いにも似た声。

「プッ

プハハハハハハハ!
ちょ…サタン倒すとか!」

「こら出雲」

「あはは!子供じゃあるまいし」

彼が大真面目なのは分かる。
15歳の少年が背負うには、掲げるには、あまりに大きすぎる目標なだけだ。

出雲の言葉に精神状態が不安定になった勝呂に、蝦蟇は容赦なく牙を向けた。

そして反射的、とでも言おうか

横から誰かが走ったと思えば、次の瞬間には蝦蟇と勝呂の間に燐が立っていた。

「きゃああ」

「燐!」

「……」

私達のざわめく中、燐に噛り付いていた蝦蟇はしばらくして燐から離れ、おとなしくなった。
燐は勝呂に向き直る。

「いいか?よーく聞け!

サタンを倒すのはこの俺だ!!!
てめーはすっこんでろ!」

!?

この子、サタンを倒す為に祓魔師になろうとしてたのか。

競技場でぎゃーぎゃーと男の子達が騒ぐ中、私はホッとした表情を浮かべる出雲と朴と並んで、それを眺めていた。



純粋すぎる、真っ直ぐすぎるこの意志を、私は殺さなきゃならないかもしれないんだ。
もちろん決定はシュラさん、引いては上が決めること。
私如きが手を下す事は無いかもしれない。でも、

「(シュラさんが、ここに来る前私に申し訳無さそうな顔をした理由。今になって分かったわ)」

私は彼の様な、いや彼らの様な人間に、共感しすぎる質なんだ。
もしその共感の対象がそれなりのものであれば、一つ間違えば最も悪魔落ちしやすい人間だとも言われた。

そして、自分でそれを理解して無理やり押さえ込もうとしている私を、シュラさんは知ってる。
知ってて、私が苦しむであろう状況に置いたのだ。
私が騎士団を裏切らないと信じてくれてるから。


だから私は、彼らと親交を深める事で彼らを知り、報告しなきゃならない。

「(辛いな

でも、ここに居られる事は素直に嬉しいと言えるわ)」

ずっと正体を明かさずに椎橋ナジカとしてこの子達といれたらどんなにいいだろう。


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