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明舵文化図書館









紹介の後、ごせんと柔造以外が柴崎の引導で退室し、別室で待機ということになった。(柴崎は渋々といった表情で出て行った)

「それで、此方へ来る前の良化法賛同団体というのは」

「はい。約束の時間までは余裕がありましたので東京駅から街並みを見つつゆっくり武蔵野の方へ向かう予定だったのですが、途中数台の車に不自然に囲まれまして。何度クラクションを鳴らしても反応が無かったものですから不審車で間違いないということになりまして。
後続していたうちの弟に事故覚悟でその場を無理矢理離れさせてから、一旦様子を見たところ…」

「こちとら大阪湾に投げ込まれそうになっても銃一丁使わずに男3人お縄にかけた逸話持ちがおりますよって、多少乱暴なことされてもその場を纏めれると考えましてね」

くすくすと笑うごせん。


「お嬢!あれを笑い話にせんとってください」

いたずらっ子のようにふふっと笑うごせんが笑い話として持ち上げている内容は恐らく深刻なことだったのだろうが。
郁はその逸話持ちって柔造さんのことかな、などと呑気なことを考えていた。

「…それで、誘導された廃ビルに着いてからやっと車から人が出て来まして。なんや白い服来た得体の知れへん連中で、銃向けながらなんちゃらかんちゃら言うてましたが要するに人質として勝呂館長を拘束する予定やったようです。特徴はもう踏まえとったんでしょうね、全員迷わず勝呂館長に銃口向けました」

「それで特別対策機関の皆様はどう…」

そこがこちらとしては一番聞きたい所だ。図書隊は基地外での銃を使用した戦闘は禁止なのだから、銃の威嚇に銃で答えることはできない。

「迷わず館長差し出しましたよ」

「は?」

その間抜けな声は堂上班と玄田の声をまさしく代弁するものだったが、発した主は手塚だった。
まさか人質をおめおめ差し出すなんて。

「あらぁー予想通りの良い反応」

満足気に口角をあげるごせん。

「うちの館長は今では重役で現場には余程の事がないと出向きませんが、これでも入隊当時から下っ端の防衛部隊で男にまみれて訓練積んできはったんです。銃なんかに頼って嬉しそうにしとるペーペーなんか一瞬で叩きのめしますわ」

「ほおーそれは勇ましい!」

大きな声で笑う玄田に、「恐れ入ります」と口元を手で隠してごせんは笑った。

「では、そんなしょうもない柔造の話はこの辺にして…

私達特別対策機関の話と、私達が今回こちらにお世話になることになりました経緯を簡単にだけでもお話しさせていただきたいんですが、宜しいでしょうか?」

どちらかといえば柔造の話は急遽入ったアクシデントで、話す本人達としては前置きのようなものだったらしい。
ここからが本題。

「長い話になりますからどうぞ肩の力抜いて聞きやすい姿勢で聞いとくれやす」

そう前置きした後、先程までふざけていたごせんが一気に仕事の顔になった。郁がそれを仕事の顔だと分かったのは突然凛々しくなったからということだけなのだが。

「関西図書隊の本部、つまり一番の中枢ゆうのは言わずもがな大阪のキタど真ん中にごさいますもんで、蔵書も…そらまあ出版社のひしめき合う東京のそれとは比べもんにならんのでしょうけど、なかなかにたいしたモンやと思うてます」

大阪のキタ、と言うのは以前の当麻事件で宿泊したヒルトンのある梅田を中心とした大阪北側の地域だ。

「関西図書隊は近畿地方の主に4つ。
大阪、京都、神戸、奈良の4つに大きい力を分散させとります。

その中でもことに狙われやすいんはうちの京都」

人差し指から順番に立てた四本のうち中指をもう片方の手で摘まんだ。

「関西図書隊の本部である北大阪図書館は市街地にありますさかいに頻繁に攻められへんのも理由の一つやろうけど…一番の理由は別にあります。それも6年前から」

意味深なその口振りに、郁達も食いついた。
「6年前とは?」

玄田の言葉にこくりと頷いてから話を続けた。

「良化のもんが狙うてはるんは6年前に合併したある私立図書館が数多く取得しとった資料です」

私立図書館の蔵書を公立の図書館に移転させれば良化隊は嬉々として奪いに来るだろうということは容易に想像できる。

「春画に危な絵、赤本や黄表紙なんかは話には聞いたことおましても実際みたり読んだり、いうもんはしたことある人なかなか一般ではおりはらへんと思います」

要するに昔の時代の風俗画や風俗本、言ってしまえばエロ本や風刺本、ライトノベルの類だ。

「当時の政治的制裁からもともと残っとるもん自体が少なかったそれは、重要保護文化財としての管理、それから手続きを踏んだ上での閲覧も、すべて6年前まで明蛇文化図書館が仕切らせてもうてましたんや」

実を言うとうちの家系が代々運営しとる身でございます、と漏らした言葉に郁は何より驚いた。
ーー実家ってお寺じゃなかったの!?

「もとはうちの家は代々私立図書館としてそういう、一般の方からしたら簡単に見れる日本文化史の本のページに載るか載らんか、仮に乗せはったとしても良化の皆さんが黙って見過ごしたりはせえへんようなもんをようさん置いてましたんや。もちろん普通の現代文学モンが全くない訳ちゃいますけど、あっても関西、京都に縁のあるご本を今でもできる限り全て置かしてもろてます。」

「まさに地域密着型というわけですな」
玄田が相槌を打つ。

「へえ。ちなみにそこの士長さんがいまいち飲み込めてへんみたいやから補足すると、図書館はうちの実家のお寺の敷地内にございましたんよ」

郁がごせんの実家は寺じゃなかったのかと困惑していた事を分かっていたようだった。郁は少し首を竦める。

「その私立図書館が、先代が切り盛りしてらした6年前の暮に良化方から襲撃を受けまして。もちろん一般相手でしたさかいに銃やらなんやらを使うて来はしませんでしたけど、検閲やー言うて本持って行こうとして来ましたんや」

「な、私立図書館にですか!?」

なかなか聞かない話に玄田も驚く。

「賛同団体やったらしいですけど今は解散して見る影もございませんわ。後から法的措置はいくらでも取らさしてもらいましたけど、いきなり来た時は法律どうこう言うてられませんですやろ?すぐ警察呼んでそれまではうちの門徒がキリク…あぁ、西遊記で三蔵法師が持ってはる金の杖みたいなやつですわ、アレでなんとかかんとか対応して、蔵書を守りは出来たんですけど」

少し伏し目がちになる彼女にとっては苦い記憶のようだ。
6年前ということは私達は大学時代。ごせんはその場を見ていないはずだから、その場に居合わせなかったことで罪悪感に似たものを感じているのかもしれない。

「以前にも何度かこういうことは起きてたもんですから、ええ加減これを期になんとかせなあかんぞ、ということで身内で会開いてごたごたとしてるうちに、関西図書隊さんからお話を頂いたんです」

「それは関西図書隊もなかなかの英断でしたな、私立よりも公立の方が良化隊に狙われやすいことを知った上でということでしょう?」

玄田は感心したように本心からそう言ったが、ごせんはそれを苦笑で返した。

「うちはそん時都内の大学通うてましたから実際その場にはおらへんかったんやけど…関西図書隊の方も渋々やったと思いますわ。地元で信仰の厚いお寺が襲撃されといて、行政が看板立てとる図書館が何もせんとどこ吹く風てどないやねん、ってな意見は年追うごとに増えてましたから」

「先代とうちの幹部が話合って、関西図書隊に付属する形でうちは京都の主要図書館に本拠地を移しまして。今では京都第一図書館本棟と区別して、隣接して新しう建てた文化図書棟にほとんどの蔵書を移しました。公的機関に置くにはあまりにも気が引けるような品は実家の蔵に収めとりますが」

なかなか風情のある建物で、外観見たさに来る外国人さんもいてはるんですよ、と言うごせんはどこか誇らし気だ。

「京都第一図書館の防衛隊もようやってくれてはるんやけどちょっと力不足なところもあらはりまして、それに比べたら自分の身は全部自分で守るゆう意識の強かったうちの門徒の方が実質上力が強かったようなんです。それもあってかうちの人間の多くが図書正やら図書監やら偉そうなお名前を賜っております」

館長が拉致されておいて話の前置きに出来てしまう程度には争いごとに慣れているところを見ても、そして館長の護衛に若い隊員ばかりが護衛に付いて問題ないというところを見ても、ごせんの家の門徒はそれだけ強いということが窺える。

「私は大学で司書の資格も取っとりましたんで業務部と防衛部を兼任する形を、そいで3年前から先代から受け継ぐ形で文化図書棟の長として、推薦を受けた昨年からは府立京都第一図書館館長として、気張らしてもろうてます」

ごせんの話は一旦そこで収束がついたようだった。
失礼、と言って机に置いてあったお茶を啜っている。

「今回こちらに出向かさしてもろうたんはそないに大きな事ではなく、関西と違うて実践回数も多い関東さんから色々と学べるものもあるやろうと言うもので、別件でお呼出を受けたついでと思うてもろても構いません。気持ちとしてはここに来る事の方が楽しみにしてましたんやけどね」

ふふ、と笑う表情はさっきまでと打って変わってまたいたずらっ子のような雰囲気を放っていた。

「差し支えなければ、別件というのは…」

「あぁ、なんちゃら未来言うてましたやろか、こないだからテレビにようけ出てはる方がパーティついでに是非ともお話を、とのことで」

「未来企画ですお嬢」

にこやかに話したごせんの隣でサッとツッコミを挟んだのは柔造だ。

「わ、分かっとるわボケたんや!長ったらしく話してえらい空気が固くならはったから…」

キッと柔造を睨んでから、んんっと咳払いをして

「未来企画の手塚慧会長ですわ」

と一段と綺麗な声で告げた。

隣に座る手塚の肩に力が入るのが気配で分かった。

「まぁあちらさんも西の事実上トップが女やからどんなもんかと思うてはるだけでしょうし、そんなに肩に力入れんといてくださいませ」

それを素早く察知して手塚に向かって手をひらひらさせたごせんは、手塚慧と隣の手塚が兄弟であることは既に把握済みのようだった。