5000hit記念小説 | ナノ


顔合わせ、ご紹介










「おい、関西図書隊の皆さんはまだいらっしゃらんのか」

部屋には玄田と堂上班、そしてごせんファンの柴崎、そして10席の空席。

「無事京都を出発したという連絡以降は一切連絡も来ておらず、新幹線がトラブルに巻き込まれたという情報も入っていません」

小牧が答える。

「道に迷ってるんじゃないか?迎えの車はどうした」

「迎えは武蔵境からということになってます。まだいらっしゃっていないようです」

朝からごせんに会えるとそわそわしていた郁は思わず不安な表情を浮かべる。

「まさか拉致とか…」

「……」

堂上は何も言わず郁の背中に手を添えた。

すると扉が開き、郁にとっては見覚えのある人間が姿を見せた。

「失礼します。関西図書隊の方がおみえです」

そう言った業務部の後ろに控えていた男は、感情を押し殺す様な顔で敬礼した。

「関西図書隊付属京都文化図書特別対策機関所属、志摩金造一等図書正です」

「どうも、」

歓迎の言葉を発しようとした玄田も金造の異変に気づく。

「東京駅からこちらに車で向かう際、勝呂ごせん館長含む隊員5名の搭乗する車両が良化法支援団体とみられる者に拉致され、事態の収拾に手間取り到着時間に大幅に遅れましたこと、お詫び申し上げます」

言い切ってから金造はきっちりと頭を下げた。

「拉致って、館長は無事なんですか!」

手塚が思わず声を上げた。

すると金造は先程までの厳しい表情から一転、人情溢れる人間らしい顔になった。

「ちょっとした誘拐やらなんやらにいちいち靡いてられる様な柔な連中やおまへん。むしろ部下としてはお嬢を誘拐しようとした向こうさんの方が心配ですわ」

「それはどういう、」

そう言いかけた所で遠くからぞろぞろと足音が聞こえた。

金造は入り口の扉から数歩離れる。
ぞろぞろと入ってきたその人々は、先程まで拉致されていたとは到底思えない毅然とした表情であった。

「どうも到着早々ご迷惑おかけしました。京都第一図書館館長の勝呂でございます」

にこやかに自己紹介したその女性は黒の長い髪を一つに高く結い上げ、白い肌とぷっくりとした赤い唇が印象的な古典的な美人だった。
柴崎の美人が清楚な美しさだとすれば(性格には目を瞑るとして)、彼女はまさに色香漂う、といった艶かしい美しさを放っていた。

うわあー、ごせんすっごい大人になってる!同性の郁でも思わず見惚れた彼女は、まだこちらを見てくれてはいない。気づいているのだろうか。ここに懐かしい友がいることを。まさか忘れているのだろうか。

「とんでもありません、到着早々災難でしたなァ!少し別室で休まれますか?」

玄田の気遣いに、ごせんも有り難く答えた。

「でしたら隊員の4名を少し休ませてやっていただけますか。慣れない場所で私を護衛してくれたので」

そう言って燐、しえちゃん、雪男、柔造、と一人一人の名前を呼んだ。
すると体格のいい男性が一人、お嬢、と耳元に呼びかけた。

「俺は残りますよ、それより事情説明に三人も四人もいりませんやろ、俺ら以外は別室待機でええんちゃいますか」

男の提案にごせんはそれもそうやわ、と漏らし、

「別室行く前に関東の方らに顔覚えていただかなあかんやろ、ちゃちゃっと自己紹介だけしてうちと柔造以外は休憩させよか」

「はい」

そう言葉を交わしてから、
ごせんは玄田に向き直った。

「先にうちの連中の顔見せだけでもさしてくださいな」

「はい、分かりました」

ぞろぞろと椅子に腰掛けた面々は、総じて若い。郁より年下の方が多いのは明らかだ。


「それではこちらから…」

玄田は目で合図して関東図書隊側を起立させた。

「えーまず、自分は関東図書隊特殊部隊隊長の玄田竜助です。
今日から一週間、ここに居るモンがあらゆる面で皆様のお手伝いをさせていただきますので、何かありましたらこいつらにお申し付けください」

敬語と乱暴な言葉が氾濫する紹介に、堂上が少し呆れたような顔をした。

「まずここに居る美人が柴崎。業務部の人間ですがまぁむさっ苦しいウチの花とでも思っていただければ」

「憧れの勝呂館長見たさに休憩もらって来ちゃいました」

と悪びれもなく言う柴崎にごせんもニッコリと笑った。

「それから堂上、小牧、堂上、手塚です。よし、順番に紹介していけー」

いちいち紹介の口上を考えるのが面倒になったというのがありありと分かる。

「堂上篤一等図書正です。よろしくお願いします」

「小牧幹久、同じく一等図書正です。よろしくお願いします」

郁がぼーっとごせんを眺めていると、ふと目が合った。嬉しくなってあからさまに笑顔になると、隣の小牧にほら紹介、と肘でつつかれた。

「あっうわ、かさっ…堂上郁三等図書正です!よろしくおねがいします!」

恥ずかしいー!!!!
目が合ったのはただ紹介の順番が自分に回って来ていただけだったのか。思わず旧姓を名乗りかけて二重に恥をかいた。

隣では手塚がしっかりと紹介を閉めていた。

「堂上2人にはクマ殺しの二つ名がありましてなァ!」

ハハハ、と悪びれなく喋る玄田に堂上が「隊長!」と窘めた。

「ふふ、楽しい方々みたいで安心しましたわ。それじゃあこちらからも…」

ごせんが立ちあがり、関西図書隊員に向き直った。

「まず奥村班から。

奥村雪男二等図書正」

「はい」

「並びに奥村燐図書士長」

「はい!」

返事をして2人が立ち上がる。
苗字が同じということは兄弟だろうか。真面目そうな眼鏡をかけた青年と、八重歯が特徴的な黒髪をすこし跳ねさせた青年。

「ここの2人は双子なんです。二卵性なもんですからあんまり似てませんのやけどね。弟の雪男の方が数倍しっかりしてますけど、さっきよう分からん人達に捕まった時は兄の燐がちゃんと動いてくれました。行動派の兄と頭脳派の弟ですわ」

「次、勝呂竜士二等図書正」

「はい!」

勝呂?すぐろってまさか…
郁が思い当たったことをごせんもそのまま言った。

「恥ずかしながらうちの弟でございます」

「恥ずかしながらてなんや!」

噛み付く様に吠えた男の人は特徴的な髪にピアスをいくつも付けていて、なんというか、ちょっと悪そうだ。

「見た目ばっかりやんちゃですけど中身はアホみたいに真面目なシスコンですさかいにビビったらんといたってください」

その言葉に玄田、柴崎、小牧はくすくすと笑っている。小牧はいつ上戸になるかと堂上が心配しているようだ。

「次、杜山しえみ図書士長」

「はい!」

立ち上がったのはまだ幼さの残る可愛い女の子だ。

「この子は戦闘やなく主に救護要員です。重火器の扱いも一通りは教えてますが…まぁほとんど素人のようなもんですわ。せやけど図書知識と応急処置を始め救護全般ならお手の物の頼れる子です。それにこんな可愛らしい子おったら華やぎますやろ?」

言葉の最後におどけて見せて場の雰囲気を和らげる癖は昔から変わらないごせんのものだ。

「次に志摩班。

志摩金造二等図書正」

「はい」

「並びに志摩廉造三等図書正」

「はい」

「この2人と、後で紹介します柔造は兄弟なんです。御存知かも分かりませんが金造と私と、そちらの堂上郁三等図書正は大学時代のお友達ですわ」

突然自分の名前を呼ばれて郁は慌てたように「は、はい!」と返事をした。
覚えていてくれたんだ…。これから一週間他人行儀で過ごされるのではないかという一抹の不安が取り除かれ郁は嬉しさを隠さず笑顔を見せた。

目が合った金造は昔と同じからかうような、にやりとした目線を送って来たが、今はそれすら安心材料だ。

「廉造はうちの隊の中でもズバ抜けてドスケベですから、もしこちらの女性の方にご迷惑おかけしてるところ見かけましたら遠慮なくどついたってくださいね」

「酷いわお嬢!」

「次、三輪子猫丸三等図書正」

「はい!」

小柄な青年は丸坊主で少し気弱そうで、また子猫丸という名前が可愛い。

「小さい時からうちの弟がアホなことしでかしたらフォローいれてくれる苦労人代表ですわ。うちの面子の中やったら雪男と子猫丸が数少ない常識人、ゆうところでっしゃろか」

何名か不服そうな視線を仮にも上官である彼女にありありと向けたが、当の本人は視線をするりと無視して紹介を続けた。

「次、神木出雲三等図書正」

「はい」

2人目の女の子だ…しかもまた可愛い、主に眉毛が。

「京都では動物使いとしてもちょいとばかし有名です。関東の方にもおりますやろか、犬やら猿やら使うて戦う手騎士ゆうのんは」

「ていまー…ですか。いや、こっちにはありませんなァ」

玄田の言葉に神木さんはちょっとすましたように照れた顔をした。

「うちでも試験的に導入してるんですが、なかなか実践でも役に立ってくれてますよ」

「ほう…」

玄田はもうすこしその話が聞きたいようだったが、ごせんは次の紹介に移った。

「次が副隊長の、志摩柔造二等図書監」

「はい」

金造や先程紹介された廉造と比べて随分まともに見えるのはその髪色からだろうか。
さっきごせんとこそこそと話していたのも郁には印象的だった。
顔覚えの悪い郁なので断定はできないが、彼はもしや…

「対策機関の現場では事実上トップとして動いてもらってます。それから…私事ながら、うちの主人でもありますのんや」

少し照れた顔で頭をかく柔造はすごく優しそうだ。

やっぱりこの人が。3年前に来た幸せそうなハガキに写っていた男性によく似ていると思ったのだ。

「せやから私はほんまは勝呂やのうて志摩なんやけど、仕事上では色々面倒やさかい勝呂で通させてもろうてます」

「最後になりましたが私、関西図書隊付属京都文化図書特別対策機関…縮めて特別対策機関隊長、及び京都府立京都第一図書館館長を勤めさしてもろうてます、勝呂ごせん一等図書監でございます」

凛とした声は郁の知るごせんのそれとは少し違って見えて、郁に時間の経過を感じさせた。