5000hit記念小説 | ナノ
ランチタイムin武蔵野
「どういうことか聞かせてもらおうじゃないの」
尋問のような威圧感を放つ柴崎に、郁はなんのことかいまいち分からないまま肩を狭めていた。
「ごせんと友達なのってそんなにびっくりすることなの?」
「どうせ知らないんだろうし言っとくけど、勝呂ごせんっていったら全女子隊員の憧れよ?若くして特別対策機関のトップ、かと思いきや異例のスピード出世で京都第一図書館館長、しかも旦那さんは超イケメンでご本人だって花も恥らう美しさ!
元々私立だったご実家の図書館は明舵宗の由緒正きお寺!分かる?もうものすっごい方なのよ?」
「へえ…全然知らなかった…」
つらつらと並べたてられた言葉のほとんどに圧倒された。
実家が寺であることは知っていたし、大学卒業後は家業を継ぐ為に京都に帰ることも知っていた。共に在学中図書館司書の資格を取ったし、本人もいずれ図書館で働きたいと言っていたこともあったようななかったような。
寺だと思っていた彼女の家業がまさか図書館だったとは。
「親友が同じ図書館界でここまで有名になってるのに知らなかったあんたにいっそ恐れを覚えるわ、無知ってこわぁい」
「だってごせんって自分のこと喋りたがらなかったんだもん!無理に聞くような野暮な真似したくなかったし…そういう意味では一番仲良いのに一番不思議な子だったなぁ」
大学時代に彼女の事を郁以上に知っていた人間は一人しかいない、と断言できる。その一人はごせんのボディガードかと言いたくなるほどいつも近くにいたある男だ。
お寺の門下だと言っていつもごせんにべったりする郁に突っかかっていた。
「史上初の女館長になる私の野望は砕かれた訳だけど、あの方は関西だし。関東では絶対なってやるわよ」
声のトーンを少し下げて意志を強く見せる柴崎は蕎麦をつるりと啜った。
ランチタイムin京都
「笠原がぁ?」
目の前の昼食を異常なスピードで口にかきこんでいた男は、懐かしい名前に手を止めた。
「そないに驚くことないでしょうに、司書の資格持っとってあんだけ身体能力高かったら、よほどのヘマせんかぎりは特殊部隊くらい滑り込むこと請け合いや」
「そのよほどのヘマ≠あいつやったらやりかねへん思うとるからビックリしとんねん」
箸を空中にくゆらせるのは、大学時代の同級生でもあり郁とは当時犬猿の仲であった志摩金造だ。
「その辺は、ええ方との出逢いもあったみたいやしどうにかなったんやろうなぁ」
金造の前に座るのはごせん、仕事上は金造の上司だがプライベートでの敬語はナシという事になっている。
ごせんがパサリ、と机に置いた書類は数名の関東図書隊員のプロフィールだ。
「ブフッ」
その一番上に重なっていたプロフィールの名前を見るなり、金造は味噌汁を吹き出した。
「なんやこいつ苗字変わっとるやんけ!!」
「結婚した、てこないだハガキ来とったやないの。東京まで出向く暇なかったから式には行けへんかったけど」
「あいつの結婚事情なんかいちいち気にするかいや」
少しバツが悪そうに視線彷徨わせてから、金造はふうん、とため息混じりの声を漏らした。
「堂上郁ねぇ…26にもなってガキみたいな顔しよって」
プロフィールに載っていた郁の顔をピン、と指で弾いた。
それからなんの気なしに重なっていた他の紙を見ると、また金造の表情が一転した。ごせんは予想できていたようですました顔をしている。
「もしかして笠原の相手こいつか!堂上篤て!」
「せやよ」
「あいつの散々言うてた王子様症候群は終わったんか!やぁっと卒業か!」
アッハッハッハッと笑いこける金造は、大学時代に王子様ネタで散々からかっていたことを思い出しているのだろう。
「この方が例の王子様よ」
「っはぁ〜なるほどこいつが王子様…ってハァ!?」
郁の話になってからくるくると表情を変えては声を張りあげる金造に苛立つようにごせんは説明した。
「あーもうええ加減うるさい!
だから、郁は図書隊入って念願の王子様と無事再会、色んなトラブル乗り越えて今では無事ゴールインってことやろ?」
「お嬢知っとったんか!?」
「うちを誰や思うとるん?王子様が誰かくらいあの子が見つける前から知っとるわ。まぁそんなことより、」
くい、と食後の緑茶を煽ってから、ごせんは立ち上がった。
「精々成長した郁に負けんようにしいや?恥かくんはあんたやで金造」
捨て台詞を残してごせんは館長執務室へ戻って行った。