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プロローグin京都










コンコン。
ノックと共に現れたのは体格の良い黒髪の男だった。

「お嬢、こちらの書類チェックお願いします」

残り後少しだった書類の隣に彼女の肩の高さまである書類が積まれた。煩わしそうにそれを一睨みしてから、その感情を抑える気もないように返事をした。

「はいはい、あと1時間もしたら終わるさかい取りに来てや。…あぁせや、柔造」

もくもくと書類に目を通し判を押していく手元を一旦止め、眼鏡を外して眉間を揉みながら。

「奥村班と志摩班、それからあんた。業務終わってからこっちへいらっしゃい」

ついさっきまで難しい顔をしていたというのに、彼女は優しく明るく笑みを浮かべてそう言った。随分機嫌が良さそうだ。

「…なんやええ話が聞けそうですなあ」

いつも人遣いの荒い彼女に精一杯の皮肉を含めて、柔造と呼ばれた男はそう告げた。

「せやろ?楽しみにして残りの仕事もちゃんとこなしいや」

皮肉は空振りだったようで、上がったままの口角の間からは綺麗な声が流れ出た。その笑顔は結婚してもう3年になる柔造でさえも顔を赤らめずにはいられないほどに甘かった。


感情を隠すように会釈をして足早に部屋を出た。




終業のチャイムが鳴り、呼び出しを聞いた計9名が館長業務室に姿を現した。
名目上は部下だが、身内も多く混ざっている為上司の部屋であるというのに緊張感はあまりない。

「揃ったみたいやからさっそく本題や」

慣れたように館長の机の前に並んで立った彼等はすぐさま真面目な顔になった。

「今回呼び出したのは他でもない、ここに居る皆にある大きな仕事を任せたいゆうことや」

一度言葉を区切って目の前の隊員の表情を見る。若い連中は少し嬉しそうだ。

「未来計画、て知っとるやろ?拠点は神奈川らしいけど、今や政界にも名を轟かす図書隊側には今のところお強い味方様や。今回そこの会長やってはる手塚慧会長から直々にお誘いの手紙が来た。内容はまぁ「パーティあるんでどないです?良かったらお話でも」ゆうたような感じでたいしたことはあらへん」

実際届いた手紙であろう封筒をひらひらと弄ぶ彼女はパーティには興味がないようだ。

「それたいしたことあるやろ!未来計画に取り込まれるぞ!」

大きな声を張り上げた男は髪の真ん中だけ色が変わっている。ピアスも開けていて初見では柄の悪い自由業の人間に見えなくもない。

「此処では敬語使え言うてんのに自制効かんなったら言葉遣い荒なるんやから…今度そんな口効いたら一日うちのことお姉ちゃま≠ト呼ばすで」

「なっ…」

その柄の悪そうな男は彼女の弟らしい。職権乱用甚だしいその発言は、笑う者は居ても止める者など居りしない。

「うちを取り込もうとしとるかしとらんかは知らんけど、どちらにせよ靡くつもりは一切無い。当たり前のこと言わすなや勝呂二正」

勝呂二正、と呼ばれた男には敢えて視線を向けず、ただまっすぐ前をみて宣言した。姉としてではなく館長としての高らかな宣言だ。

「せやけど、せっかくお話してくれる言うてはるから参考がてら聞きに行こうか思うてる。せっかくあっちに行くなら関東の図書隊さんの視察も兼ねて一週間。まるまる関東図書隊見学や」

にやり、という擬態語を体現したかのようなその笑みに、付き合いの長い部下は薄々彼女の言わんとしている事を察した。

「自分らはその護衛ですか」

いち早く察した柔造は声をあげた。
満足げに微笑んで見せる彼女。

「せや。観光する時間はやらへんけど、京都でたいした事ない良化のモンぺんぺん弾くよりはよっぽど刺激的や思うで?居残り組には悪いけどなぁ」

あの子らにはお土産買うて帰ったらなあかんわな。
そう言う彼女は至極楽しそうだ。

「来週から一週間。武蔵野第一図書館にお世話になる。一切迷惑をかける事の無い様、各自柔軟な対応を期待する。来週月曜日、午前8時に京都駅。万が一遅れた奴は居残って訓練時間ずっと筋トレや!以上!」

張り上げた声と共にびしっと揃って敬礼した。