君はサンシャイン 6
「お前ほんとにアイドルなんかやってんのか?」
カゴに大量のボトルを突っ込んでヒィヒィ言いながらも自力で運ぶ私を見て、もっと女らしくこんなの持てない〜とか言って甘えてみろよ、と言う龍。
そんな彼に、私は思わずはぁ?と呆れ気味に聞き返した。
「こんな重いもの潔子さんに持たせるわけにいかないじゃない?でも選手のみんなは練習があるんだから手伝ってもらおうなんて思わないの。何より私がやりたくてやってんだからいいのー。
あ、それと!来週お披露目ライブあるんだからね。ちゃんとアイドルですー」
「お披露目ライブ?」
隣で聞いていた夕が入ってきた。
「うん、今度の水曜の放課後。第一体育館でやるんだ。みんなは部活あるし来れないと思うけど」
「え、行きてえ!うちのマネの晴れ舞台だぜ?みんな見たいだろ!」
ノヤがそう言うと、2年生がなんだなんだと寄ってきた。
「へえ、お披露目ライブか!行きたいな!皆で行けないか、駄目元で主将に相談してみるか」
そういって立ち上がる主将の元へ行く大地さん。
「ええっそんな、やめてください!来なくていいですから!」
そんな私の制止の声も聞かず、大地さんはあっさりと主将の了解をもらってしまった。
みんなが来る。ということは、最近こ、こ、恋人になった菅原さんも、見に来る、のだろうか…!
ちらりと菅原さんを窺うと、楽しみだなあ秋宮の晴れ舞台!とにっこり笑った。
こんなの、予想外すぎる!どうせ来れないんだし、とタカを括っていたのに。
ただただ楽しみだったお披露目ライブに、思わぬプレッシャーがのしかかることになってしまった。
「あんた彼氏いたの!?」
「じ、実は…」
「まあマネージャーなんかやってたらそら恋の一つや二つ生まれたっておかしくないわよね」
「くぁー、いいなあ青春!」
柑奈ちゃんと弥生ちゃんは私と一つしか歳がかわらないくせに随分とババくさいことを言っている。
練習はもっぱら朝と昼休み。
私の他にも、葉月ちゃん以外はみんな部活に入っているので、放課後の練習は基本は週に一度、火曜日だけと決まっている。私も申し訳ないながらも、火曜日だけはバレー部をおやすみしている。さみしいけど。
アイドルをはじめてから、夕と一緒に学校には行くものの、私はRavenの朝練に、夕はバレー部の朝練に、と別れることになってしまった。
さみしい、けど、でもやっぱりダンスや歌の練習は楽しい。
「楽しみね、ライブ!」
誰からともなくそんな言葉が飛び出すようになっていた。
多少能力に差はあるが、基本みんな運動能力はある程度ある。ダンスパフォーマンスも、普通の学生よりはずっと上にはなっているはずだ。
本番は四曲用意している。
一曲目はバリバリにクールでダンスパフォーマンスもガッツリの、Ravenらしい、と言われるようにしたくて作った初めての曲。そのあとMCでメンバー紹介の後、アイドルらしい可愛いラブソング。こっちもなかなかに忙しいダンスを盛り込んである。
三曲目にダンスのない落ち着いた一曲、そして使わないかもしれないがアンコール用の、これまた派手な一曲。
グループの方針がこれとはいえ、私のようにダンス慣れしていない他のメンバーはなかなかきつそうだ。
レッスンを付けるのは私だったが、短い期間の中で四人とも確実にモノにしてくれた。
根性のあるメンバーへの信頼は、お互いに深まるばかりだった。
ライブ、バレー部のみんな(ていうか菅原さん)が来るのはなかなかに緊張するけれど、やっぱり楽しみだ。
はやく舞台で、5人でライトを浴びながら踊りたいな。
そんなことを思っているうちに、あっという間に日は過ぎていき。
ついにそれは当日となっていた。
火曜日はRavenの練習だったので、バレー部のみんなには月曜日以来会っていない。見にいくから頑張れよ、とは言ってくれていたけれど、ああ、緊張するなあ。
同じクラスの夕も、他のクラスメイトにまじって激励の言葉をくれた。菅原さんからは「いつも秋宮が応援してくれる分、今日は俺が応援するから」という嬉しいメールが届いていた。
あー菅原さんに会いたい。菅原さんが足りない。くそー、なんでよりによって昨日が火曜日だったのよ。バレー部が足りない。
そんなことを考えつつも、時間はあっという間に放課後。後からきいた話では、全校生徒収容可能な第一体育館はライブ仕様にステージを拡大した為か、それとも他校の人も混じっているのか(恐らく両方)、入り口の外にも人が溢れかえっていたそうだ。
舞台裏では緊張しいのめいを中心に、みんなで深呼吸。
ピースサインを重ねれば、綺麗な星型が浮かび上がる。
ここに来るまでであっという間に仲良くなったメンバーと顔を見合わせた。めいがデザインして、柑奈ちゃんが作った衣装で、葉月ちゃんの作った曲に、弥生ちゃんの言葉を乗せて。そして私のダンスで心を一つにして、パフォーマンスする。ああ、わくわくする。
いつもはおっとりしている弥生ちゃんが声を張り上げた。
「いくよ!!」
ライブ、スタート。
真っ暗な体育館の中で、前奏のキツいビートとともにステージ後方のライトが私たちのシルエットを映し出す。
湧き上がる歓声。おもわず口元がにやけた。
ビートを刻む前奏から雰囲気が変わる瞬間、私のセリフが入る…
「Welcome to... Raven's show time!!」
スッと息を吸ってでた声は、マイクを通して体育館に響いていく。あまりにも気持ちよすぎるものだった。途端にシルエットだけをうつしていた照明がバッと明るくステージを照らし出す。
夢中で踊った。
湧くお客さん達が見えていないわけではなかったけれど、歌って踊ることを楽しむだけで精一杯。時折メンバーと視線を合わせてリラックス。
最高だった。なんて楽しいの、アイドルって。
一曲目を決めポーズで終わらせると、一気に照明が落ちる。一拍置いて、溢れんばかりの歓声が湧き上がった。
照明が明るくなり、観客席が少し見えるようになる。
そして、そこで初めて扉から溢れるほど、いや、実際に溢れてしまっているくらいのお客さんの存在を認識した。
「わぁー、すごい」
マイクが入っていることも構わずに私は言葉を発した。
「すごいねー、こんなにお客さん来てくれるものなんだ、びっくり」
柑奈ちゃんが私の隣に来て相槌を打ってくれる。
「今日はRavenのお披露目ライブにお越しいただきありがとうございます」
弥生ちゃんがリーダーらしく先陣を切ってお辞儀した。
私たちも続いて頭を下げる。
客席からは拍手や口笛。
すごいなあ。
「ではここで、メンバー紹介をさせていただきます。まずは私、リーダーでRavenの歌詞制作担当、2年の弥生です」
弥生ちゃんのクラスのお友達だろうか、全体の中でも特に一部から弥生ー!という声が上がった。
「次は私、Ravenの楽曲担当、同じく2年の葉月です」
はづー!と、また別の場所から声が上がる。いいな、こういうの。私の時もないかなあ、誰か言ってくれるかなあ、と淡い期待が胸をよぎる。
「はい!私は柑奈!2年です!Ravenでは、衣装作り担当してます!この服も作ったんだよ〜すごいっしょ!」
にかっと笑ってくるりとターンする人懐っこい柑奈ちゃんには、拍手の中にすげえ!とかかっこいい!なんていう歓声が混じった。
この感じだと次は私かなと思うと、めいが私に行かせて、と目で訴えて来た。最後だと緊張するのだろう。
もちろん、と目で答えて、めいの背中を軽く押した。
「い、1年の、めいです!Ravenでは、デザインを担当してます…えーと、よろしくお願いします!」
ガバッとお辞儀すると、温かい歓声と応援の声が聞こえた。めいは癒し系だな、可愛いやつめ。
そんなめいの肩をぽん、と叩いて、次は私が前にでた。
「最後は私。めいと同じ1年でRavenの楽曲の振り付けを担当しています、ひかりです」
そう言うと、他のメンバーの歓声とは段違いに低くて大きな声が聞こえてきた。
「秋宮ー!!」
バレー部だ。あまりの野太さに、客席からは笑い声が上がった。暗くてそれまで見えていなかったのだが、あろうことかなんと彼ら、一番前のど真ん中を陣取っている。なんてことだ。
一気に恥ずかしくなって、弥生ちゃんの隣にすっこんだ。
菅原さんも、来てくれてる。
身体の芯がじわ、と温かくなった。
弥生ちゃんの流れるような上手なMCで、次の曲紹介が行われた。
ハッとして次の曲の立ち位置につく。次の曲は、奇しくも私が基本センターとなる曲だ。目の前にはバレー部。
…これは…もう、吹っ切るしかない!
曲が始まると、照明がピンク色に切り替わる。
そりゃあ、そういう曲だしね、私だってなけなしのラブリー根性引っ張り出してやんよ。
そこまで吹っ切ってしまうと、なんだか楽しくなってきた。ダンスも歌も上々。客席を見る余裕も出てきた。バレー部の存在が印象づいていたが、クラスの友達も、私にスクールアイドルの話を最初に持ってきた美和も、来てくれている。
you,you,you
と次々に指を指す振りつけで、3度目のyouを菅原さんに向けてみた。
ばっちりウインク付きで。
かっちり目は合っていたので恐らく気づいていたはず。
菅原さんお願い、引かないでね、私はいまアイドルなの。引かないでね。
そう念じながら二曲目が終わった。
三曲目は、一つのベンチの周りを5人で囲み、その周りを立ったり座ったりしながら歌を歌う。学生らしい、初恋の歌。
落ち着いた曲でたまに手を動かす程度しか振り付けはないので、5人ともいつもより顔を見合わせてはリラックスして歌っていた。
三曲目が終わり、弥生ちゃんが締めの挨拶に入る。今日はありがとうございました、と頭を下げると、大きな拍手に混ざって、どこからともなくアンコールの声が聞こえてきた。
それがわぁっと広がり、一気に体育館内はアンコールの声でいっぱいになる。
アンコールって、本当にあるんだ。
アンコール曲は本当に予備で用意していたものだから、まさか本当に使うことになるとは正直思っていなかった。
めいが私の手を握る。
私と同じ。めいも感動しているんだ。きゅっと握り返すと、アンコール曲のスタンバイに入る。
少し刺激的な、アイドルにしては甘美な曲。振り付けも色っぽいものをふんだんに盛り込んでいるため、めいと柑奈ちゃんは特に苦戦していた。
そんな曲を、男性を誘惑するような曲を、先輩達の前で歌って、踊っている。
私が欲しいでしょういい加減?
わがままが好きよ
なんて、普段の弥生ちゃんからは想像もできない歌詞。まあ好きな音楽ジャンルはクラシック、の葉月ちゃんがこんな曲を作るのも想像できなかったけれど。それを言ってしまえば、全然印象の違う四曲のどれもに綺麗にマッチさせてくるこの衣装デザインも、とても丁寧で凝っていて、めいと柑奈ちゃんを心から尊敬する。
こんな曲を歌っているというのに、私は思わず幸せで目を細めた。
アンコールも盛況で、私たちのお披露目ライブは大成功のうちに終わった。
スポットライトが、心地よかった。