君はサンシャイン 1
それは、物語が動き出す約一年前に遡る。
春の陽気が世間に馴染んできた五月。私は澄んだ青空の下、仕事に打ち込んでいた。
「ひかり、ドリンクできてる?」
「ばっちりです潔子さん!」
「ありがと、運ぶの手伝うわ」
「あ、ありがとうございます!」
潔子さんと話してると、本当に女に生まれて良かったと思える。
ああ、今日も美しい…
第二体育館に戻ると、丁度練習は一旦休憩を取る流れになっていた。
この休憩に合わせて、補充分のドリンクを作ってくる。入部して1ヶ月。まだ与えられる仕事は少ないが、GWの合宿なんかも経て、徐々に部にもマネージャーの仕事にも慣れてきていると実感していた。
私はとりあえず持てるだけ、と四本のボトルを抱えて、まだスタミナ不足なのかテンションが上がりすぎているのか、その場に突っ伏す同級生たちの元へ駆け寄った。
「ほれっ龍!ノヤ!」
寝そべる頭たちの横にトン、とボトルを置くと、うめき声をあげながらこちらを見もせずにボトルを手繰り寄せた。
「さんきゅ…あっづ…」
先に起きたのは龍で、ボトルごと食べるような勢いでドリンクを胃に流し込んでいた。忙しく上下する喉仏を見て、そんなに急がなくても、と苦笑する。
ノヤも続いて起き上がり、またボトルを口に突っ込んだ。
それを見届けて、また近くで座り込む縁下にもボトルを手渡す。
「ハァ…ありがと、ひかり」
「ううん、お疲れ様」
縁下は落ち着くなあ、息切らしてる友人に対して落ち着く、という表現はあまり正しくないのかもしれないけれど。
そして残るもう一本。
ドリンクボトルを持ってない人はいないかと見渡すと、休憩に入った瞬間誰かと何か話していたのか、菅原先輩がいまだ何も持たずに立っていた。
チャーーンス!とばかりに、小走りで先輩の元へ向かう。
「菅原さんお疲れ様です!あの、ドリンクを」
「おーサンキュ!ありがとな」
ボトルを受け取るとそうするのが当たり前かのように私の頭にポン、と手を乗せる菅原さん。
はぁぁっ、本日の胸キュンあざます…!
「一年は結構練習ついてこれるようになってきてるけど、秋宮はどう?慣れてきた?」
「は、はい!まだできることは少ないので潔子さんのお手伝いくらいなものですけど…ちょっとは、慣れてきてると思います」
「そっか!良かった良かった!可愛いマネージャーが来てくれて清水も最近嬉しそうだしな!ああ、もちろん俺も、」
うれしいよ。にかっと歯を見せて笑う菅原さんの笑顔に、また胸キュン。体の芯を鷲掴みにされるような思いだ。
「そ、そんな風に言っていただけると、私も嬉しいです…!」
「ひかりー!」
すると後ろからノヤに名前を呼ばれる。中学が一緒だった分、彼とは特別付き合いが長い。
「なぁにー夕!」
「ちょっと来て!」
くっ私と菅原さんの神聖な時間を邪魔しおって、罪は重いぞ夕…
と思いつつももちろん顔には出さず、はいはい、と適当に返事をして菅原さんに向き直る。
「じゃあ、この後の練習もがんばってくださいね!応援してます!」
今日一番の笑顔で先輩に声をかけて、菅原さんがおう!と返事をしてくれたことを確認してから夕の元へ駆け寄った。
筋を伸ばすために柔軟をしたいから背中を押して欲しい、という申し出だった。ほいほい、と呑気に返事をして夕の背後に回り込み、背中をぐっと押す。
もっとちゃんと押せよー力弱えぞ、と物足りなさそうに言う彼に少しカチンときて、先ほどのスーパー菅原神聖タイムを遮った腹いせも込めて背中にのしかかった。
「うぇ!?お、おいこら、乗るな!いででででで」
焦ったように抗議する夕を無視して、私はニヤリと笑う。
「ちょっとくらい無茶した方が体も伸びるんじゃなーい?ほれほれ」
と、さらに力を込めて夕の背中にのしかかる。丁度夕の右肩に顎を乗せるような体勢だ。
ちらりと顔を覗くと、
「…どしたの夕、顔真っ赤。そ、そんなに重かった!?」
私は慌てて夕の上から降り、隣に座り込む。
「お前それ、他のやつにやるなよ…」
「ごめん、確かに高校入ってちょっと太ったの。忘れてたや」
「いやそうじゃなくて…いや、まあいいか」
「?」
バツが悪そうに夕は頭をがしがしと掻いた。
すると休憩が終わり、みんながぞろぞろとコートに歩いてくる。
「じゃあ夕、練習がんばってね」
そう言って少し頭を撫でてやると、夕はやめろ、と視線を斜め下にそらした。可愛い奴め。
選手のみんなとすれ違うようにコートを出ようとすると、なんとも言えないような、でも何か言いたそうな顔で私をみる菅原さんとすれ違った。不思議そうに彼を見返すと、慌てたようににっこり笑ってくれた。
なんだろう。それにしてもイケメンである。
不思議に思いつつも定位置である潔子さんの隣に立つと、潔子さんがペンで私の頭を少し小突いた。
えっなんのご褒美…!と思う気持ちを抑えて潔子さんを見る。どこか愉快そうに笑う潔子さんはなんだか可愛い。
「な、なんでしょうか…?」
「無自覚カワイイは嵐をもたらすわね…」
「ど、どういう意味ですか?」
「西谷と仲が良いのは良いけど、体押し付けるのは少し刺激が強いんじゃない?」
「しげき…?
…!」
少し考えて理解した。
さっきのアレ、体を、すなわちむ、胸を、押し付けるみたいになってたのか…!
一気に顔が赤くなる。ごめん夕…こんな貧相な体を押し付けて…!い、いや、貧相とはいえこれでも平均以上は胸もあるんだけど、いや、あったらあったでダメだろ、わしゃ痴女か。
はああやらかした、と頭を抱える私に、潔子さんはあいつも気が気じゃないわね、とつぶやいた。
意味はわからなかったけど、追及しても教えてくれない気がしたので流しておいた。
中学の時は本当に男女の壁なんてまるで感じていなかったけれど、ここは高校なんだ。男女の差だって広がる場所。なんたって中学時代は部内の女子をまるで女として見なかった夕が潔子さん信者(それは私もだけど)になって、私と密着することで顔を赤らめたりするのだ。成長ってなんだか面倒だなあ、とふと思ってしまった。
うーん、今後は行動に気をつけよう。
私の烏野での日常はほぼ部活を中心に回っている。
朝練でマネージャーの仕事はほとんどないけれど、少しでもバレーを見ていたいから見学し、授業はそこそこに、終わるやいなや腐れ縁故か同じクラスの夕と第二体育館に走る。
終わると高確率で坂の下に寄って肉まんを食べて、これまた家の近い夕と一緒になんとなく帰る。
夕は身長のせいもあってかなんだか弟みたいで、一緒にいると落ち着くし楽しい。リベロ大好き旭先輩大好きな彼のマシンガントークに相槌を打ちつつ、ふざけながら帰る。毎日楽しい。
そして、まだ芽生えたばかりの小さな恋を育てるのも、楽しい。
冷静に周りを見て、その魅力的な笑顔でみんなをリラックスさせる、色素が薄いせいかどこか儚くて、まぶしい、きらきらの、素敵な先輩。
初恋でもないくせになんだか恥ずかしくて、クラスの友達にも誰にも話していない。まあ、夕あたりは気づいているのかもしれないけれど。
高校生活がはじまってまだ一ヶ月あまり。はやくも私の高校生活はバレー部によって充実の色を見せていた。