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賢いカノジョ 4

第3セットが始まると同時に、優羽の後ろから人の手がにゅるりと伸びてきた。

「アララ〜
1セット取られちゃったの?」

優羽の肩に顎を乗せれば、優羽は頬に当たる毛先のくすぐったさに顔をしかめた。

「離れなさい、おバカ」

「んもう、つれないなあ」

ぶう、と口を膨らませていじけたような表情を作りながらも、おとなしく離れた長身の、やたらと見目の良い男、及川は隣に座る監督に向き直った。

「戻ったのか!足はどうだった?」

「バッチリです!もう通常の練習イケます!軽い捻挫でしたしね」

「まったく…気をつけろよ、及川」

「スミマセ〜ン」

「向こうには「影山出せ」なんて偉そうに言っといてこっちは正セッターじゃないなんて頭上がらんだろが!」

「あはは…」

及川が笑みを浮かべて頭をかく間にも、二階からの女生徒からの黄色い声は留まるところを知らずに騒ぎ立てる。

「いいからさっさとアップ取って来なさいよ、試合出させないわよ病み上がり川サン」

「もう!そうやって人の名前いじるところホント岩ちゃんに似てきたよね!?」









「優羽姉が…抱きつかれてた…」

うわ言のようにそう言うのは、言わずもがな日向翔陽である。
黄色い声に笑顔で答える及川を指差し、田中は目を血走らせた。

「影山くんあの優男誰ですかボクとても不愉快です」

「…及川さん…超攻撃的セッターで攻撃もチームでトップクラスだと思います。

あと凄く性格が…悪い」

「お前が言う程に!?」

眉間にシワを寄せてそう言う影山に、日向は一切の遠慮なくそう言い放った。

「お前の知り合いってことは北川第一の奴かよ?」

「…ハイ
中学の先輩です」

そんな会話を聞いてか聞かずか、及川は影山に声をかけた。

「やっほートビオちゃん久しぶり〜育ったね〜元気に“王様”やってる〜?」

「はよアップ行けっつってんでしょうがウザ川!!」

その後ろから優羽がバインダーを縦にして及川の頭に振り下ろした。

「痛い!!せめて面のところにしてよ!なんで痛いところで叩くのさ!!」

「ムカついたから」

「酷い!!」



その様子を見ながら、ネット越しに影山は言う。

「俺、サーブとブロックはあの人見て覚えました。

それから、及川さんと幼馴染の日向さんも含めて、実力は相当です」

「優羽姉も含めて?」

「…お前まさか、従兄弟なのにあの人のこと知らねえのか?」

「は!?知ってるよ!優羽姉だろ!」

「だから、その日向さんの力っていうか、やってることとか…」

そう言う影山に、日向は頭上にクエスチョンマークでも浮かべそうな顔で首をかしげた。












及川がアップに行き、始まった第3セットでは、やはり烏野が優勢だった。

ついにマッチポイントにまで上り詰めたところで、及川は姿を現した。

「アップは?」

「バッチリです!」

笑顔で答えた及川は背中を屈めて、パイプ椅子に座る優羽の口元に顔を寄せた。

「優羽、狙い目は?」

「5,6番は確実。2番も行けないことないと思う」

「りょーかい」

「いってらっしゃい」

優羽そう言って微笑むと、及川は目を細めて微笑み返すことでそれに答えた。



サービスゾーンに立った及川は、意地悪く笑って月島を指差した。そしてそのまま放ったジャンプサーブは、凄まじい威力を伴って月島を襲った。

対応できなかったボールはそのまま二階にまで吹き飛ぶ。

「…うん、やっぱりハズさないね〜、優羽は。あれ?でも、要注意って言ってた2人は見当たらないみたいだけど、今日はお休みかな?」

その様子を慣れた調子で見る優羽は、完璧なサービスエースにどこか満足げに頷いた。一年生への集中的な攻撃に心が痛まないわけではなかったが、勝利のための算段と思えば優羽にとっては脳内で軽く手を合わせる程度のものだった。

二連続で得点を入れてから、澤村の指示で月島はラインギリギリに移動した。この中で一番レシーブのうまい澤村が自身の守備範囲を広めることで及川に対応しようというもので、なるほど有効な手だ、と優羽は内心で頷いた。

となれば、優羽としては日向、あるいは田中を狙うことで確実に点を取りデュースに持ち込んで欲しかったのだが…


ここで負けず嫌いの及川の性格が出た。追いかける形でライン際の月島を狙い、見事に狙いは当たったものの威力が弱まり、チャンスボールとはいえボールは返されてきた。

及川がそれを難なく矢巾に返すと、矢巾は金田一にトスを上げた。
ブロックを振り切ったと誰もが思ったそのスパイクは、

俊足の小さな少年の手によって格段にその威力を弱めた。
ブロックで飛び、再びコートに足をつけた日向は、止まることなく体の向きを変えた。そのまま影山の背後に周り、ブロックを振り切り、勢い良く飛び、目を…


見開いて。




及川の真横をボールがすり抜け、ボールが青城側のコートに落ちたのは、本当に一瞬の出来事だった。




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