賢いカノジョ 2
放課後、バスの到着に合わせて優羽は校門に向かっていた。
中から降りてくる黒いジャージに、周囲の下校中の青城生も視線を送っている。
「お待ちしておりました、烏野バレー部のみなさん」
優羽が声を掛けると黒ジャージ集団の視線が一気にそちらに向く。中でも田中に一生懸命頭を下げていたオレンジ頭の少年が大きな反応を示した。彼こそが優羽の愛する従兄弟、日向翔陽である。
「優羽姉!?」
「翔ちゃん!お正月ぶりだねえ…なんか顔色悪いけど、大丈夫?」
「ちょっと緊張で…練習試合なんて初めてだから…」
「そっかそっかあ、ちゃんと先輩のいるバレー部に入ったんだもんね。もしかして試合にも出るの?」
「ウヘッ…ファイ…」
「やだ、凄いじゃん!楽しみにしてるね、翔ちゃんのバレー」
優羽の問いに硬い笑顔で返す日向に、隣から黒髪の少年が声を掛けた。
「…日向さんって、日向と知り合いなんすか?」
「…苗字一緒な時点では不思議に思わない飛雄って、ほんと抜けてるっていうか、おバカだよねえ」
久々に会う後輩に微笑みつつも背を伸ばして頭を撫でる。相手は優羽の中学時代の後輩、影山飛雄である。
「な、もしかして、日向のお、お、お姉さん…??」
「いや似てなさすぎだろ」
そう言うのは烏野2年でレフトの田中。そしてそれにすぐさま否を示したのが、烏野3年の正セッター、菅原だ。
優羽は頭にクエスチョンマークを並べる影山をほったらかして菅原に近づいた。
「菅原くん、今日は失礼なことをしてごめんなさい」
「へ、何の話!?てか、俺の名前知ってんだね!」
「今日の練習試合、まさか飛雄をスタメンだなんて条件で話を通してるなんて知らなくて…」
「ああ、そのこと。別に大丈夫だよ。影山はやっぱりすごいし、他校があいつの実力知りたいって思うのは分かるし。それに、俺もあいつも、どっちも烏野のセッターだから」
爽やかにそう告げる菅原からは、普段優羽が及川から感じる胡散臭さを微塵も感じさせることがなく、##は思わずほう、と感嘆の息をついた。
「……ふふ、普段私の隣にいるのが性悪セッターなもんだから、菅原くんみたいな人の考え聞くとなんか感動しちゃうなあ」
「性悪?」
「そう、うちの主将。オイカワトオルさん。ちょっと今負傷してて留守なんだけどね。ちなみに私は青城のマネージャーの日向優羽です。翔ちゃんは弟ではなく従兄弟だよ」
「優羽姉って青城だったの!?」
「そうだよ?今更なに言ってんのよ。法事でいつも青城の制服着てたじゃない。ほんと、翔ちゃんは烏野以外の高校全然興味ないんだから」
近隣の強豪高校に興味を抱かないほどの烏野への一途さに優羽は苦笑しながら日向の額をピンと弾いた。
「日向さんと…日向が…いとこ…」
「びっくりしてるねー。まぁそういうことだから、うちの緊張しいの翔ちゃんをよろしくね、飛雄」
無駄話もそこそこに、優羽は烏野の面々を練習に使用している第三体育館へと案内した。
「さて、今回の烏野のデータです」
青城のスターティングメンバーを集め、コーチの溝口、入畑監督と共にミーティングを開始した。
「まず、おそらくのスターティングメンバーはアップの様子から見てもキャプテンの澤村くん、2年の田中くん、縁下くん…この3人はWS。それから後の3人が一年生の月島くん、影山、それから日向くん。ポジションは…月島くんはあの身長からしてもわかるようにMB。影山は言わずもがなセッター。で、翔ちゃ、…日向くんがオーダーではMBってことになってる」
「あの身長でMBか」
岩泉の言葉に、矢巾と金田一がぷくく、と口元を抑える。
「こらそこ、笑わない。
ブロッカーになるわけだから普通低身長がつくポジションではないわ。でもって、私が知る限りあの子の実力は本当に素人に毛が生えた程度。それをスタメンに持ってくるわけだから、何か考えがあるのか、人員不足か…」
「確かに人数は少なそうだよな」
花巻の言葉に優羽は頷く。隣で監督とコーチは静かに聞いている。
「うん、以前のデータではエースの人とリベロの人が結構良い実力持ってたんだけどその2人がいないから、もしかしたらこちらと同じく"手負い"なのかもね」
「なるほどな。で、女王の結論は?」
にやりとしながら言うのは松川。それに優羽は少しむくれた表情で返した。
「その言い方はやめて。
そうね、アップの様子を見ていると、5番の日向の顔色が悪いから、多分極度に緊張してる。可哀想だけどこっちからすりゃ格好の穴だわ、遠慮なく狙いましょう。2番の田中くんはパワー型よ。しっかり二枚ブロックついて。
気になるのは、飛雄が思ってたよりチームに溶け込んでる。烏野で何か変化でもあったのかもしれないわ、様子見としか言えないけど、みんなもちゃんと注意してね。
私からはこんなもんかな」
「「「ウス!!!」」」
メンバーの大きな声による返事に、優羽はうん、と頷いた。
敵ながらも、優羽はその惨状に頭を抱えていた。
「あの5番は従兄弟なんだって?」
「はい…雪ヶ丘っていう中学だったんですけど、部員がいないもんだから公式戦も一回しかしたことなくて。多分今日は高校最初のフルメンバーでの試合だと思いますよ」
「それにしてもあの緊張はすごいなあ」
入畑監督が軽快に笑うのに、優羽は苦笑した。
先ほどから取る必要の無いボールばかりを追いかけては影山に怒鳴られている日向は、ヒィヒィと可哀想なほど影山に怯えていた。
そして、ついに…
「あちゃー…」
日向が影山の後頭部にサーブをぶち当てるというとんでもない形で、青城は1セット目を難なく手に入れた。
「優羽、何か言うことあるか?」
セット間で選手やコーチ達の間で言葉が交わされる中、優羽はただじっと烏野側を見つめていた。
「へ?あ、ええと…そうね…
うーん、多分、2セット目はさっきほど上手くは取れないと思っておいた方がいい」
「ええ、こんなに余裕で取れてるのに?」
そう言う矢巾は後頭部を叩いて先ほどのミスを思い出させる仕草をしている。優羽は、まあ確かにあれは強烈だったけれど…と呟いてから、また気を取り直して話し始めた。
「確かに、個々の実力に関しては確実にこっちが上よ、その点では慢心こそしてはいけないけれど余裕を持つくらいのことはしてくれて構わない。だけど…飛雄と何か話してから、翔ちゃん…じゃない、日向の表情が落ち着いた。落ち着いたからって何かできるようになるってわけでもないでしょうけど、ぼろぼろだった状態からはチームが立て直してくるはずよ。調子に乗らず、安定して確実に決めて行ってください」
「「「「ウス!!!!」」」」
そして優羽の予感は、思わぬ形で裏切られることとなった。