賢いカノジョ 1
青城のマネージャーは普通とは違う。
宮城の強豪に名を連ねる、及川率いる青城バレーボール部。現在主将を務める及川には2人の幼馴染がいる。一人は青城バレーボール部副主将にしてエーススパイカー、岩泉一。幼馴染が故の息のあったコンビネーションはまさに阿吽の呼吸と称される。そしてもう一人は同じく青城バレーボール部のマネージャーである日向優羽。見目の良い及川と並んでも遜色ない、と同性にも一目置かれる美貌に関しては本人も自覚しているところである。
そして彼女は他校にもその存在を知られていた。強豪とはいえ、マネージャーの名まで知れ渡ることはそうそうない。それでも彼女が有名となっているのは、単に彼女の能力によるものだ。
それはいわばアナリスト。戦況を読み取ることに長け、相手の弱点にいち早く気づき、効果的な戦略を練る。情報戦、心理戦に長けたコート外の選手だ。
ただでさえ及川は相手を揺さぶるプレイに長けている。そこへ優羽の頭脳が加わり、より充実した戦略を即座に練ることができるようになったことで、青城の実力はここへきて格段に上昇していた。
及川達が3年になった春のある日。
お昼休みのその教室では青城バレーボール部の3トップとも言うべき三人が周囲の視線を集めていた。
「絶対駄目」
「なんでー!良いじゃん一日くらい!ちゃんと明日行くってば!」
「昨日せっかくオフだったのに彼女とデート行って療養を疎かにしたあんたが悪い!ちゃんと病院行って見てもらって来なさい。じゃないと練習に来ても今日はコートに立たせません」
「…ぐっ……いわちゃあーん!」
一切引くところを見せない優羽は毅然とした態度でお弁当を口に運ぶ。ぴしゃり、と閉め出すような優羽の声にこれ以上交渉の余地はないと判断した及川は、次に岩泉に助け舟を求めた。もちろん、彼がこういったことで及川の味方をしてくれたことなど無いのだが。
「及川さんいないと試合負けちゃうよ?ほら、戦力だよ?ガンガンサーブ決めちゃうよ?」
「優羽が正しい。試合ったって練習試合だ。普段のお前が戦力なのは認めるが今日のひねった足放置したお前なんかいらん」
「いらんって!!ひどい!!」
「ひどいってあんたねえ…
っていうか、ひどいって言うなら徹も大概酷いわよ。私知らなかったんだけど?あんな“条件”」
「何の話?」
机に突っ伏していた及川は優羽の声に顔をあげて小首を傾げた。
「スタメンセッターを飛雄にしろってやつ!なによあれ、飛雄の敵でも作ろうっての?言っとくけど向こうの正セッターはそんなんで逆恨みするような人じゃなかったはずよ」
「やだな、そんな性格悪いこと考えてないよ!俺が飛雄をこてんぱんにぶっ倒したかっただけ!」
「それでも十分性格悪いわ」
「っていうか、優羽ちゃんったらもう偵察行ったの!?」
「違う違う、こないだの県民大会で伊達工見に行った時、相手が烏野だったの。それで一緒にチェックしといただけ。だから一年生のデータはないよ」
「なるほどね、で、どんな感じなのさ、飛雄以外の烏野」
及川がそう言うと、優羽はにやりと笑い、待ってましたとばかりに食べ終えた小さなお弁当箱を片付けてノートを取り出した。
みっしりと書き込みされて付箋だらけのそのノートから、優羽は探すそぶりも見せずそのページを開いた。
烏野高校、と上部に書かれたページには、六人のメンバーの名前と特徴が書き入れられていた。
「相変わらずすげえな、これほんとについでに見てたチームの情報かよ」
「こんなのたいしたことないわ。白鳥沢に関しては個別でノート一冊あるっての」
「さっすが、頼りになるなあうちのアナリストは」
おちゃらけた口調ながらも、及川のその目は心からの信頼をたたえており、優羽は誇らしげに微笑んだ。
「じゃあ簡単な説明しとくわね。試合前にも皆には話すから、一はそんなにしっかり聞く必要ないわよ」
「俺も試合前にもちゃんと聞く!」
「うっさい、あんたは病院!」
「やだー!」
駄々をこねて牛乳パンを握る及川は、主将の威厳らしいものなと皆無である。
「うるせぇぞ及川。優羽、頼む」
「はいはい。
特に注目してほしいのは、エースとリベロ。この2人は普通にすごかったよ。まあ伊達工の鉄壁には敵わなかったけど…。
エースが東峰くんで、3年。なんか、髭はやしてロン毛だったからとても高校生には見えない感じだった。完全パワー型ね。実力、センス、パワー共に申し分ないんだけど、メンタルがちょい弱め。
リベロは2年で、西谷くん。彼は中学でベストリベロに選ばれるくらいの実力者よ。いわば天才。ブロックフォローは間に合わないこと多かったけど、コート外から見てた感じだとあのレシーブは今後さらに伸びると思う。こっちはメンタル強そうだったよ、下手に徹が挑発でもしようものなら逆に燃えちゃいそうな感じ」
「えー、俺そういう人嫌いなんだよね」
「一もそんな感じじゃん」
「そうそう、だから敵に回したくないんだよね、岩ちゃんって。ましてや天才って。ほんと嫌い。それで、飛雄が蹴落とす予定の正セッターは?」
「こら、そういう言い方しないの。セッターは菅原くん。正直、特筆すべき点はあまりないかな。篤実って言葉が似合いそうな感じではあったけど、ほんと、ごくごく普通のセッター。ただ、徹と違って周りからの信頼は厚く見えたな」
「徹と違っては余計!徹だって信頼されてます!されてるよね!?岩ちゃん!?」
「その自信はどっからくるんだ」
「してよ信頼!!」
「菅原くんの場合は信頼っていうか、慕われるって感じかな」
「そりゃねえな、及川を慕うとかない、ないないないない」
手を振ってひたすら否定する岩泉に、及川はまたひどい!とわめいた。
「あ、あと、多分スタメンにはいないだろうけど、私の従兄弟がいるよ」
「いとこ?優羽従兄弟なんていたんか」
「うん。まだ1年で、中学では部員いなくてまともに試合してなかったから、多分まだ使い物にならないと思うけど。超スピード型のWSだよ」
「へえ、可愛いんだろうなあ優羽の従兄弟!あ、でも優羽って女の子の中では背高いし、やっぱ従兄弟くんも背高いのか。だったら可愛くはないね」
「…まあ、その辺は見てのお楽しみかな」
「でも俺病院行ったら見れないじゃんか!やっぱり病院は明日に」
「「それは駄目(だ)」」
「ハモらないで!!なんか疎外感あるから!!」
「さっさと病院行ってさっさと帰って来たら、試合終了には間に合うんじゃない?」
「えー…」
「帰りに一駅分走るくらいのアップしてきてくれたらすぐ出してあげるわよ」
「本当に!?絶対だからね!?」
「おい優羽、こいつ一応怪我人だぞ」
「あ、そっか…ならギブスとかされていようものならそのまま帰れってことで」
「やだ!どんなことになっていようと学校には来るからね!飛雄の負け姿見るんだもん!あと優羽の従兄弟!」
「男子高校生がやだとかもんとか言うな気色悪い」
「及川さんだからいいんですぅー」
「はいはい、女の子からお呼びだし来てますよ気色の悪い及川さん」
「優羽まで!!」
「さっさと行け、きしょ川」
「略さないで!!」
「はいはい」
そう言って2人には情けない顔を見せるものの、振り返って教室の入り口に向かう及川の表情は爽やかなモテる男のそれだった。
「めんどくせえな」
「ね。まあ、あんなのと幼馴染になったのが不幸の始まりなんだし、諦めるしかないべね」
「だな」
そう言って岩泉と優羽は顔を見合わせて笑う。そんな話をすればどこからともなく及川がやってきてもう!!とむくれそうだと言って、また笑った。