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賢いカノジョ 10

推薦で大学が決まった優羽は、徐々に冬の装いを見せる街に出ていた。

忙しい部活のせいで各シーズンに数パターン程度の私服しか持っていなかったことに驚き、今まで部活後の買い食いにしか使わずに貯めていたお小遣いを持って冬服の調達に来たのだ。
あわよくばセール品となっている秋服の中から春にも使えるものを見繕って、春から始まる私服の生活に備えたいという気持ちもある。

バレー一色の生活ではあったが、優羽とてれっきとした女。及川と並んで美人だなんだと称されるからには、その声に負けないよう美意識の向上には手を抜いたつもりはない。

今日も誰に遭遇しても良いように、と、持っていた数パターンのうち一番気合の入ったワンピースを纏い、髪もコテで緩く巻いている。
巻いた髪が思いのほか綺麗にキマり、さながらデートにでも行きそうな装いとなったが、あいにくそんな相手はおらず。あいもかわらず優羽は及川への不毛な想いをこじらせていた。



仙台駅周辺のファッションモールを一通り見て、ある程度買ったかな、というところで、優羽は数メートル前に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

満たされた購買欲によって上機嫌になっていた優羽は、現役時代ならすぐに顔を顰めて避けていたであろうその人物に近づいて声をかけた。

「牛若じゃん、何してるの?」

「………」

「…………?」

「…青城の日向優羽か。俺の名前は牛若ではなく牛島だ」

「いや、なによその最初の沈黙」

「その…随分と雰囲気が違うものだから」

「そう?ああ、今日髪巻いたりしてるしね」

「パーマではないのか」

「違うよ、コテ…えーと、ヘアアイロンっていうので、一時的に巻いてるの」

「…ほう…やはりお前も女なんだな」

「なにその言い方?ゴリラかなにかだとでも思ってたの?」

「いや、そう言う意味ではない。とても似合っていて、いつにも増して綺麗だ」

「きっ…」

ぽんぽんと流れていた会話は、そこで詰まった。

「…牛若、そういうのは言う相手選んだ方がいいよ」

「?」

首を傾げて意味がわからない、といったような顔をする牛島に、こんな図体のでかさでそんな可愛い仕草するのか、と笑った。

「そうだ日向、この後用事はあるのか?」

「え?いや、特にないよ?買い物も終わったし」

「ならばシューズ選びに付き合って欲しい。客観的に俺のプレーを見続けてきただろう、お前は」

「はあ?なんで私が牛若のメリットになるようなことしなきゃなんないのよ。だいたいあんただって春高出ないでしょーが」

そう言って口を尖らせた優羽にそう言わずに頼む、と一言告げてから、牛島は優羽の両手にかかっていた紙袋をさらりと奪った。

「あ、ちょっと!」

「用事はないんだろう?」

そう言ってスタスタと歩いていく方向は、優羽もついこの間まで通いつめていた大型スポーツ用品店だ。

あいつ、こんな強引な奴だったのか!と悪態をついても、荷物を奪われた手前帰ることもできず、早足でその後を追った。














「ありがとう、良い買い物だった」

「大してアドバイスはしてないわよ?」

「何を言う。踏み切りの重心のかけ方から着地の足の形まで、ノートも無しに言い当てられるとは思わなかった」

「何年あんたに勝つことだけ考えて来たと思ってるのよ、当たり前でしょう。でも私を連れてきた理由、ちょっとわかったわ。牛若のシューズって特注だったんだね」

「ああ。完璧に自分に合うものがいいからな。意見は一つでも多い方が良い」

「なるほどねー、まあお役に立てたんなら良かったデス」

「ああ、助かった。
じゃあ次はお前の番だ」

「へ?」

そう言って隣に立つ牛島を伺えば、及川よりも少し高い位置にある顔。身長なんてたいしたことではないし、及川だって十分あるというのに、何故か優羽が悔しくなってしまった。

「どこか行きたいとか、食べたいとか、あれば言え。あまりにも高価でさえなかったら奢ってやる」

お礼なはずなのに上から発せられるその高慢な言い草に優羽はまたムカついて、そんなのいらないよと優しく断ろうとしていた予定を変更した。

「…じゃ、近くに人気のケーキ屋さんがあるの。最近雑誌に載ってて気になってたんだよね。奢ってよ牛若ちゃん」

「ああ、分かった」

「え、ほんと?」

即答で返されたOKの返事に少し面食らいつつも、2人は優羽の案内でケーキ屋に向かった。










「ご注文はお決まりでしょうか?」

「私、この自家製チーズケーキ

牛若は?」

「な、なんでもいい…」

「えー、釣れないなあ」

「こういう店は来たことがないからわからん。何か適当に頼んでくれ。甘過ぎないものでたのむ」

そういう牛島の頬は心なしか赤らんでいるように見えて、優羽はなんとなく優位に立っている気になって微笑んだ。無理もない、周りは見渡す限りほとんど女性、女性、女性だ。スポーツにばかり明け暮れていたであろう目の前の男にはなかなか敷居の高い場所のはずである。

「ふふ、しょうがないねえJAPANは。じゃあ、ティラミスをお願いします」

「かしこまりました」

店員が去ってからは、世間話が続いた。と言っても中身はバレーの話ばかりで、それもなかなかに盛り上がる。今まで優羽は牛島を異界の王かなにかのように認識していたものだが、話してみれば案外普通のバレー好きの男の子だった。やはり一番盛り上がったのは日向翔陽の話題で、あの可能性の塊にはさすがの牛若すらも末恐ろしさを感じているらしかった。




「ところで、日向は大学は決まったのか」

「うん、公募推薦でさっさと決めちゃった」

「どこに?」

「東京のM大。バレー部も強いけど、もうバレーに関わるつもりはあんまりないよ」

「どうしてだ?もったいない」

「うーん…去年のインハイ後さ、今からでもいいから白鳥沢に来いって言った牛若に、私、なんて言ったか覚えてる?」

「及川と岩泉のいないコートに興味はない、だったか」

「あはは、それそれ」

優羽がカラリと笑うと、注文したケーキが品の良い皿に乗せられてやって来た。

サッと牛島がフォークを二つ手に取り、一つを優羽に手渡す。

「ありがと。

…それでさ、今もそれは変わってないの。いや、正確にはちょっと変わったんだけど…」

「……」

牛若は急かすでも追及するでもなく、静かに優羽の話を聞いていた。

「私、バレーのことは大好きなの。キッカケは徹と一だったけど、今は2人のいないバレーだって、一つの競技として純粋に好きで、愛してる」

「そうか」

「だから…将来も、そこに近づけたらって思ってるんだよね」

「たとえば、どんな形で?」

「…一応今は、記者になりたいと思ってる」

「そうか」

「…牛若って、相槌ばっかりね」

「…悪いか?」

ティラミスがお気に召したのがぱくぱくと口に運ぶ牛若は、優羽の言葉に戸惑ったように返した。

「ううん、…悪くないよ。こうやって静かに話聞いてくれるのはちょっと嬉しいくらい」

「なら良い」

セットのコーヒーを啜る牛島に、次は優羽が声をかけた。

「牛若も、東京でしょ?どうせ」

「ああ、まあな」

「たまには試合見にいってあげるよ、たまには」

「俺なんかよりも及川達を見に行ってやれよ」

「あら、そっちは当たり前よ。毎試合毎試合応援しに行ってやるんだから」

「ハハ、引退しても変わらんなお前らは」

「!……まあね。でも多分、私達と牛若も、変わんないよ」

ふいに見せた牛島の笑顔に、少し驚いてから、優羽は笑い、その言葉を受けた牛島もまた、笑った。





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