「あれ?なんやの奥村くんってば女の子連れて!抜け駆け!?」
教室移動中、子犬のように私のあとをついて回る奥村にも随分慣れた頃。
ピンクの頭に京都弁という、個性溢れる男子生徒が声をかけてきた。
「よう志摩!残念だがこれは連れてんじゃなくて連れられてんだ」
奥村の否定は正しい。
奥村は普段から時間割や教室移動のスケジュールを見ないので、いつも気付けば置いて行かれていた。
そのことに私と友達という関係になるまで気づいていなかったらしく(いつも気付いたらみんなどっか行っちまってるから仕方なく屋上で時間潰してた、と言っていた)、それからというもの授業が終わるといつも私にべったり張り付いている。
「ふーん…なんや相変わらずおもろいなあ奥村くんは。ところで君は名前なんて言うん?」
ピンク頭の少年は笑顔を貼り付けて私に話しかけた。
すると奥村が嬉しそうに声をあげた。
「よし!紹介してやる志摩!俺の友達の柳若菜だ!雪男程じゃねえけど頭良くて良い奴だ!」
彼のことだ、友達の紹介というものに憧れていたんだろう、「雪男程じゃねえけど」というワードが胸に多少引っ掛かりはしたもの、現時点では(あくまで現時点では)否定出来ない事実なので黙っておいた。
嬉しそうに言う奥村は次に私にも志摩くんを紹介した。
塾の友達でイイヤツ、らしい。
よろしくお願いします、と社交辞令程度に頭を下げると、志摩くんはこちらこそーと言って笑い、素早く携帯電話を取り出した。
「よろしくなぁ柳さん。そんじゃお近づきの印にアドレス交換せえへん?」
「えっ…?えっと、」
慣れたように私の肩に手を回して、携帯画面を見せてくる。
赤外線通信の画面だ。
「あ、もしかして赤外線ついてへんスマホやったりする?」
「あ、あの」
思いの外近い顔に少し驚いて返答に詰まっていると、ぐいっと腕を引かれた。
まあこの場面で私の腕を引くのなんて一人だけ。奥村だ。
先程まで友人紹介ができて嬉しそうにしていたくせに、その表情は妙に暗い。
奥村…?
「…あー悪ぃけど俺らもう行くから、また塾でな、志摩」
それだけ言うと腕を掴まれたまま廊下を歩き出した。私と歩く時はいつも私に合わせて随分ゆっくりと歩いていたということがありありと分かるような速いスピードで、手首が少し痛い。
どうしたの?
なんて、聞いても良いのだろうか。彼に対して、私はどこまで踏み込んで良いのかまだ分からない。私にだって、友達なんてものできたことないんだから。
「…り、燐」
ぴくっと反応するように、他人より少し尖った耳が動いた。同時に足も止まったが、手は掴まれたままだ。
「実は私、
…携帯電話持ってないの」
「…え、まじで?」
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bkm