最初にあった時は、随分と疑り深い男だと思った。
隣で大きな口をあけて笑う近藤さんと同郷の人間とは思えない。集団行動においてバランスを取ることに長けた男なのだと思った。
その程度だ。
いつ惚れたのか、どこに惚れたのか分からない。
ただ、取引に来るのが彼だったら良い、となんとなく思うようになってしまってから気づいた、自分でも驚く程に純粋な色をした恋心であった。
だがその純粋な色を汚さずにはいられない性分なのか、彼にも落としてみろなどと挑発めいた文句を垂れるのだ。
「まるで色を知ったばっかりの生娘みたいやわ」
「若菜姐さんはご自分で思っとられるより何倍も可愛らしいお方ですよ」
部屋では瀬々良と2人で店の品をせっせと作っていた。
私は手拭いに刺繍を施したりちりめんを縫い合わせて巾着を作ったり。
瀬々良は簪にガラス玉や生糸を編み込んだ糸を通していた。
作業しながら繰り広げるのは恋の話。朱歌は色事にはとんと疎いので気づいてすらいないが、瀬々良には早々にばれてからというものこうして愚痴を聞いてもらっているのだ。
「可愛い、では舐められるさかいあかん思うてんねやけど…」
「あら、非の打ち所のないような方よりなんぼかマシですわ、ああ若菜姐さんは人間やった!て安心できますよって」
「なんやのそれ」
「せやけどもし土方はんが姐さんのこと落とさはったらどないするんどす?情報屋は言うてもほんまは収入の多い副業みたいなもんでしたし、辞めたかて生活に困りはしまへんえ?」
「そもそもあん人はうちを落とそうとしはらへんもの、もし…なんてあらへんのんよ」
彼は私に情報屋を辞めさせてしまうから落とさないと言った。
今思い出せば「落とせることが前提やなんて随分と自意識のお高い方やわ」、くらいの軽口を叩く方が私らしかっただろうか、などと思ってしまうが、
あの時はその言葉がどうにも無性に嬉しかったものだから、何も言えなかった。
やりたくてやっている情報屋の仕事だ。苦労が無いことはないが、情報集めと称して東奔西走するのもなかなか良いものだ。収入の色も良いし。
優秀な助手達にも恵まれて言う事はない。辞めたいとは思わない。誰のものになろうとも。
「土方はんの気持ちはどうなんでしょうねえ」
「気持ち?落とせるもんなら落としとるていつぞやに言うてはったやない。落とす気は無いゆうことやないの」
「せやけど惜しいことしたなあ思て来やはったんどすえ?あないなこと言うといて落とす気はないやなんて…狡いにも程があるっちゅう話やないですか」
「うちの気持ちを微塵も感じてはらへんからこそ言えることやね」
「っはぁ〜…難儀どすなぁ」
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bkm