「先日はうちの留守中においでくださってはったみたいで、えらいすんまへんでしたなぁ」
「別に」
「何か御用で?」
「あー…いや、山南さんがよ」
「?」
「随分と新撰組を贔屓にしてるって言ってて」
「うちが?どっからそんなけったいな事考えはったんやろ」
「新撰組に売る情報の料金、随分安いらしいじゃねえか。
んで、山南さんが…新撰組の男に実は落とされてるんじゃねえかって」
「…どの男に落ちたか心当たりでもありますのん?」
「そんなん俺が知るか。あれだ、本当にそうなら約束通り無料にしやがれって言ってんだ。お前んとこの情報料、山南さんは安いっつってるがそれでもうちにとっちゃ馬鹿になんねえ額なんだ」
「せやから安いんよ」
「…は?」
「今頂戴してる情報料を値上げしたら、そちらさん払えますのん?」
「…」
正直、難しい。
「うちは情報屋やさかい、売る相手の懐具合かてきちんと把握しとります。そのうえでの料金設定や。払えんような額押し付けたら取れる金も取れんようになりますがな
…お分かりですやろか?」
「ああ、分かった」
「ほな、これ千鶴ちゃんにあげて頂戴。ご近所でもろた金平糖、お裾分け」
「ああ…」
「土方はんがお仕事以外でうちに来はったて聞いた時は何事か思うたけど、そんな今更めいたこと聞かれるや思いませんでしたわ。幕府や朝廷に情報売る値段聞いたらあんたら腰抜かさはりますえ」
「…もしお前が隊の奴らに惚れてたら」
「…惚れてたら?」
「ちょっと惜しいことしたと思っただけだ」
「…そないなこと仰るんやったら甘い言葉の一つでもかけてくれはったらよろしいやないの、ずるい殿方やわ」
「ずりいのはどっちだよ。
言っとくが、俺はお前を落とす気はねえからな」
そういうと土方はすっと立ち上がった。
「あら淋しい。なんでですのん?」
わざとしおらしい声を出す若菜を横目に捉えつつ、土方は襖を開けた。
「仮にお前が俺に惚れて、本当に落ちたとしたら…俺は真っ先にお前に情報屋を辞めさせるからだ」
「…情報屋落としといて情報屋辞めさせるやなんて…」
「情報一つ手に入れるのがどんなに危険かくらい俺でも分かる。自分の女にそんな思いさせる気はねえ。だからだ」
じゃあな、と言って彼はそのまま部屋を出て行った。
朱歌の毎度おおきに、という明るい声がすぐに聞こえたからもう店を出ただろう。
「若菜姐はーん」
「瀬々良?」
「土方はんえらい足早に出て行かはりましたけど、なんかありましたん?」
「…うち、あん人に好かれとるんか嫌われとるんか、よう分からんようなってしもたわ」
「へ?」
「とうの昔に落ちとるんには未だに気づいてくれはらへんし。ほんに、色恋沙汰は難儀やわあ」
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bkm