「千鶴ちゃん、若菜さんに会いに行ったんだって?」
沖田さんは愉快そうに話題を振ってきた。
「はい、すごく綺麗な方でした…」
「そうなんだよねー、美人過ぎて不気味だよね」
「不気味…ですか…」
「女一人に、どこまで知られてるかも分からないからって迂闊に手出しできない長州側と幕府側、あと朝廷も。他にもきっと商人同士の金回り事情だって把握してるだろうから、豪商にとっても隅には置けない存在。
いやぁまったく底が知れないよ」
「やっぱり凄い方なんだ…」
「何度か長州方から闇討ちに遭ったこともあったらしいよ」
「えっ闇討ち!?」
思わず出た大きい声に、沖田さんは慌てて私の口を塞いだ。
「俺今土方さんから逃げてるんだから大きい声出さないで!」
「あ、ごめんなさい…」
ってこれ私が謝らなくちゃいけないことだったんだろうか。
「これがまた若菜さんの不気味なところなんだけどー」
にぃっと口の端を引き上げる沖田さん。
「その闇討ちに行ったっていう長州の侍、峰打ちされて気絶したまま結構離れた河原に捨てられてたんだって。殺さないあたりがまた何とも言えないよね」
「…そ、それ若菜さんがやったんですか?」
実は武道にも長けていた、というのもなんだか信じられないようで彼女ならあり得ると思える。
「その可能性もあるけど…ほら、柳屋に男の子と女の子の店番居たでしょ?あの二人がやったんじゃないかって噂」
「男の子と…女の子?」
「あれ、会わなかった?」
「男の子の方には会いました。背の高い…」
「そうそう、朱歌くん」
「朱歌さんって仰るんですね…」
「うん。じゃあ女の子の方には会わなかったのかあ。瀬々良ちゃんって言うんだけど、若菜さんとはまた違った意味で綺麗な子だよ」
「へえ…お会いしたかったなあ…」
「そのうち会えるでしょ。二人とも若菜さんのお店に住み込みで働いてるみたいなんだけど、あの二人は夜は若菜さんの護衛も兼ねてるんじゃないかなあ…っていう、まあ俺の目算かな」
「へえ…」
今度会いに行こうねー、と言ってから、土方さんの気配でも察知したのか沖田さんはさっさと部屋を出て行った。
そこ知れない彼女の存在は不思議でもあったが、どこか憧れてしまうような印象だった。
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bkm