to.芹沢悠海さま


ライブハウスの魅力の一つに、客席と舞台の間が極端に近いことがあると思う。

一人一人の表情が見えるし、MCの時の客弄りも楽しい。
手を伸ばせば届く距離だからこそ、楽しい。

だが、最近よく一番前に立っていながら微動だにしない女がいることに気づいた。
みんながみんな手を上げて思い思いに楽しむのが当たり前とも言える場所で、ただ呆然とこっちを見て、聴いてる。

見た目も美人だが、周囲とのあまりの温度差もあり声をかけられているところは見たことがない。

一人で来とるんやろか、
どこのバンド目当てなんやろ、
俺らんとこやったりせんかな、

話してみたい

その時初めて、舞台と客席の間に距離を感じた。
彼女がノリまくっていたりすればMC中におおっぴらに声をかけたりできたかもしれないが、そうじゃないからこそここまで引きつけられたんだろう。

距離は近いはずなのに、どこか遠く感じた。

ライブのある日はいつも客席に彼女がいるかどうか確認する、というのが無意識の内に習慣になってしまっていたとあるライブ終わりのこと。

ライブハウス近くのコンビニの雑誌売り場に彼女が立っているのが見えた。

「(これは…声かけなあかんやろ)」

ガラス越しに、雑誌を立ち読みしている彼女の前に立って、コンコン、とガラスを叩いた。

「…!」

彼女は不思議そうに顔を上げてからこちらを見て、大きな瞳を更に大きくした。

にーっと笑ってからいそいそとコンビニに入った。

「こんばんは!」

「こ、こんばんは…あっライブお疲れでした」

「おん、ありがと。自分、一番前でよう見とる子やんな?」

自分が間違えるはずはないのだが一応の確認を取ると、彼女ははい、と言ってから少し眉を下げた。

「…気い悪うさせてましたか?私あんまり乗ったりとかせえへんから…」

「いや、そういうんちゃうねん。なんでかなーっていう純粋な興味?みたいなんはあるけど」

そう言いながらなんとなく手近な雑誌を取りパラパラとめくる。気になる女の口説き方≠ネんていう気になる女の横では絶対読むべきではないページに行き着いてしまい、慌てて違うページを開いた。


「…綺麗な人やなあと思ったんです。金造さんのこと」

「なっ、へ?」

突然自分の名前を呼ばれたことにも反応してしまい、間抜けた返事をしてしまう。
綺麗なんは俺やなくて自分やろ…と思ったが、自分は女たらしの弟のように口は上手くないので飲み込むだけだった。

「めっちゃ楽しそうに歌わはるし、笑顔も綺麗、歌声も綺麗やし。
手なんか上げる余裕なかったんです。すいませんライブハウスの常識とか分かってへんくて」

まさかここまで褒めちぎられるとは思ってもおらず…
っていうかまさかうちのバンド、しかも俺目当てで来てくれていたことへの驚きと嬉しさと興奮で今頭の中がやばい。

「…いや、そんなん全然ええけど…楽しみ方は自由やろ」

やっと紡いだ言葉はもっともらしいだけでまったく気が利いていなかった。

だが彼女はふわっと笑って、

「ありがとうございます、これからも頑張ってください。陰ながら応援してます」

「ちょ、ちょお待って!」

それじゃ、と言って去ろうとする彼女の腕を、反射的に掴んだ。やっと掴んだチャンスをこう易々と逃してなるものか。

「美人の女にそんなん言われてあーさいですかーほな!で終われる訳ないやろ。俺にも口説かせてや。あー…好きなんやろ?俺の笑顔。もっと近くで見たい思わん?」

余裕を見せたかったのだが、おそらく顔の火照りでバレているだろう。

彼女は驚いてから、首をしっかり縦に振った。



近くて遠く、深い溝の先に、一つの恋が待っていた。


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